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晴見に連れていかれた店は、全席が半個室になっている割烹居酒屋だった。店は少人数のサラリーマングループでほぼ満席で、BGMはにぎやかな話し声だ。
案内された2人掛けのテーブル席に晴見と向かい合わせに座る。
運ばれてきた生ビールが入ったジョッキをぶつけ合う。他愛もない仕事の話をしていると、注文した料理が運ばれてきた。美味そうに料理を頬張る晴見を見ているだけで、俺の心は満たされる。思わず緩んだ口元を右手で隠して、左手の指をジョッキの取っ手にかけた。
無表情の晴見が俺の顔を見たまま、ジョッキに口をつける。
「誰のこと考えてんだよ。チョコレートを渡した相手のこと、気にしてんのかよ」
自分の視線をビールの泡に注いでいたことに気づき、顔を上げた。
「は? 何それ。チョコレートを渡した相手って。俺が誰かに渡したって?」
晴見が戸惑ったような表情を見せた。
「え、違うのか? だって、お前、昨日、駅前のケーキ屋でチョコレート買ってたじゃん。嬉しそうな顔してさ」
「見てたんだ……」
目が泳いでしまう。知られていたなら、今、渡して玉砕してしまおう。青い箱を出そうと、バッグに手を入れる。
目の前で大きな音がした。晴見がジョッキをテーブルにぶつけるように置いたようだ。
「いつ、渡したんだよ。昼休みはオフィスにいたじゃないか。帰りもすぐ出てきてたし。仕事中に渡せるって、相手は誰だよ」
「あっ。えっと」
晴見の言葉に疑問が頭の中を飛び交い、俺は肝心な言葉が出てこない。そんな俺を悲しそうな目で見る晴見は声のトーンを落とした。
「で、うまくいったのか。チョコレート受け取ってもらえたか」
俺はバッグの中で箱をつかんだ手はそのままにして、ジョッキを持っている晴見の手を見つめる。
「なんで、そんなこと気にするんだよ。同期の恋路、そんなに興味ある?」
平静を装ったつもりが、声が震えてしまった。
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