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ep3.刈り上げ頭のあの子
塾の入り口に立って、次々と出てくる特進コースの生徒を見送る。
普通科コースの授業が終わったのが30分以上前。夜の10時を過ぎているのにダラダラと残る中学生はいない。先に帰る塾生の女子から何個もチョコレートを受け取り、俺は一人教室に残って宿題をしながら時間をつぶした。特進コースの授業が終わるチャイムを耳にして急いで片づけて、入り口で待ち人を待つ。
真っ暗な空は星が瞬いていて、空気が澄んでいるのがわかる。吸い込まれそうな気持で見上げていると、肩を叩かれた。
「いつも待っててもらって悪いね」
俺の家の隣に住む真琴だ。マフラーをぐるぐる巻きに巻いているが、刈り上げた襟足は寒そうだ。少し下にある真琴の首筋を見る自分に気づき、無理やり顔を反対側に向ける。
「ああ、気にすんな。宿題やってるから。早く帰ろうぜ。」
住宅街の道はたまに車が走るくらいで人通りがない。俺たちの声だけが響いている。真琴が澄んだ空気に白い息を吐いた。
「うん。高校受験まで1年あるんだよねぇ。まだ塾に通わないといけないんだな」
俺は少し目線を下げて真琴の顔を見る。中学に入学したころ、同じくらいだった身長は、俺がこの1年で急激に伸びて10センチほど差がついた。
「高校受かっても、大学受験があるからって通わされるんじゃね」
真琴は見上げてきて、おかしそうに表情を崩す。
「かもね。でさ、翔真が持ってる紙袋、何入ってんの?」
うつむいて、俺が持っている赤と黒のチェックの紙袋を指さしてきた。
「あ、これ。真琴に渡してくれってさ。先に帰った女子たちから預かったチョコレート。ほい」
紙袋を真琴の顔の前に持ち上げる。何度も瞬きをしたあと、受け取ってくれた。
「ああ、今日、バレンタインデーか」
「ホントお前モテるね」
袋の中のチョコレートの箱をあさるように見る真琴を、わざとらしく横目で見下ろす。真琴はあさる手を止めた。
「翔真はもらわなかったんだ」
「ん。一個も。まあ本命からもらえないんならゼロでいいけどな」
前から来た車をよけようと、真琴の腕を持って道の端による。真琴は自分の腕をつかんだ俺の手を見た。
「僕もだよ。義理や憧れでもらってもね」
真琴の腕をつかんだまま帰りたかったが、俺の手を見つめる視線が痛くて手を離す。
「贅沢なセリフだな。ってか、いい加減、僕っていうの止めれば。おばさん、気にしてたぞ」
真琴の母は俺と顔を合わせるたびに言ってくるセリフだ。母としては中2の娘が刈り上げたショートカットで男子みたいな外見でいること、自分のことを『僕』と呼ぶことがかなり気にかかっているらしい。ことあるごとに真琴に注意していると言っていた。
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