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ep1.本命への思い
白い息は空気中に消えていった。通学バッグを肩にかけ、ブレザーのポケットに手を入れて歩き、校門をくぐる。生徒たちのにぎやかな声が響き渡っている。
後ろから肩を叩かれた。同じバスケ部の先輩女子だった。俺の腕に絡んできて、そのまま校舎の端にある木陰へと連れていかれた。
人目が気にならない位置に立つと、絡ませていた腕を外してくれた。バッグから何かを取り出している。
「翔太くん、今日、バレンタインデーでしょ。これ、受け取って」
ベタなハートのパッケージを見せてきた。
「すみませんが、好きなヤツいるから。受け取れません」
長い髪を垂らしてうつむく先輩をおいて下足室へと向かう。
同じクラスのマモルが立っていた。
「おはよ。お前、さっき女子の先輩に拉致られてだろ。いいよな。モテるヤツはさ」
軽口をたたくマモルを一瞥して、靴箱を開ける。きれいにラッピングされた箱が5個入っていて、思わずため息が漏れた。一つ一つ手に取ってパッケージを見る。名前は書かれていなかった。
「誰からかなんて、箱を開けないとわかんねえな」
上靴に履き替えていたマモルが首をかしげる。
「チョコくれたヤツが誰かわかったら、どうすんだよ」
「返す。でも、箱開けてからは返せねえから、これは持って帰るけど」
マモルからの冷ややかな視線を受けながら、バッグにチョコを入れる。
「好きなヤツからのしかいらないんだよ」
教室へ向かうまでの廊下で、女子の後輩に声をかけられた。人目につきにくい階段の踊り場に行って、差し出されたチョコを断った。
好きになられるのは嬉しい。だからこそ、期待を持たせるのは酷だと思っているし、俺だって好きなヤツに告白したい。でも、彼女と接点がない俺は話しかける勇気すらない。
マモルに、「好きなヤツって誰なんだ」って問いただされながら、教室へ向かう。
自分の机の上にバッグをおいて、机の中を見る。箱が3個入っていた。取り出して、全部の箱を全方向から眺める。一つだけ箱の隅に黒縁眼鏡のシールが貼られていた。俺の心臓が激しく鼓動し始める。箱を持つ手が、ほんの少し震えた。
前のめりになる勢いで肩を組まれた。頬がくっつくほど寄せられた顔はマモルだ。
「何、そのチョコだけ見つめてんの。誰からかわかったのかよ」
慌てて黒縁眼鏡のシール部分を見えないように伏せた。口から飛び出そうな心臓を深呼吸で飲み込んだ。
「いや、わかるわけないだろ」
朝のホームルームが始まるチャイムが鳴る。慌ただしい音を立てて、自席以外で話していたマモルやクラスメイト達が自分の席へと向かった。
教室へ入ってきた担任教師の姿はスルーして、前方の席に座る女子に目を向ける。姿勢の良い後姿は凛としていた。
ホームルームが終わると、クラスメイトは次々に席を立ち、教材を持って教室を出ていく。俺もマモルや仲の良い奴らと教室を出る。目的の教室までの廊下を半分以上、進んだところで立ち止まった。
「俺、忘れ物してきた。先、行ってて」
踵を返して、自分の教室へと走る。
扉を開けると、誰もいなかった。安堵のため息をついて、忘れ物を席に取りに行く。バッグから出したのは黒縁眼鏡シールが貼られたチョコレートの箱だ。手に取ったそれを胸にあて、前方の席へ行く。凛とした後ろ姿が目に浮かんだ。
そっと彼女の机の中に箱を入れ、急いで1限の授業がある教室へと向かった。
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