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萌黄色の出会い
「陛下、我が国に無断で侵入していた昼の国の者を捕らえました」
翠が連れて来たのは、ようやく成人したか否かの少女だった。
恐怖故か諦め故か項垂れて、夜の国の王からは人質の表情は読めない。
彼女の白銀の頭髪が、扉から漏れ出る微細な光を浴びて鈍く輝く。
矢張りヒトは、宝石以上の美しさを孕んでいる。
だが、まだ物足りない。
ヒトが最も美しい色を出す瞬間は、許容範囲外の負の感情や絶望に呑まれた時だ。
生かさず殺さずの状態で管理しておけば、形勢不利になった際、昼の国の許しを乞う材料になる。
王が自らの歪んだ性壁に少々の理性と冷静さを加えた決断を下そうとした時。
「陛下、人質は客人として扱うべきだと思います」
王の性癖を理解した上で普段は反抗的なことを言わぬ翠の言葉が、玉座の間に朗々と響き渡る。
少女が顔を上げた。涙に濡れた翡翠色の瞳が光る。
「……何故だ」
「もしも昼の国に敗れた際に、人質に手を出していたことを明るみにされたら、さらに国の評判が落ちます。弱っているところを侵略されかねません。人質は、戦に敗れた時の為に生かすべき存在。故に、あまり危害を加えてはいけないと思います」
翠が見ず知らずの昼の国の民を救うメリットはない。
純粋な、アドバイスとみて良いだろう。
「………わかった。客人用の部屋を用意しろ」
「わかりました」
慇懃に礼をして、翠は人質を引き連れて去って行った。
萌黄色の長髪が、闇に揺れる。
*
「あ、ありがとう、ございます」
人質の辿々しくか細い声が翠の鼓膜を擽った。
女性に感謝された経験の少ない翠は、ついソワソワして髪を触ってしまう。
「感謝するなら、昼の国に暮らす俺の妹に感謝してくれ」
「え……?」
「君、カノだろう?昼の国で物書きをしている。妹が、君のファンなんだ。死なれちゃ困る」
空気の流れが、隣にいる少女の感情の流れがふわりと緩やかになった気がする。
これはきっと、「喜び」だ。
この状態なら、"頼み事"を聞いてくれるかもしれない。
「一つ、頼みがある」
相槌で勢いを削がれる前に、一息で言葉を紡ぐ。
「一週間に一度でいい。俺の妹の為に、物語を書いて欲しい」
「そ、そのくらいのことなら、全然いいですよ」
少女の警戒心は緩んでいる。きっと彼女は、今、笑んでいるのだろう。
妹が、若菜が慕う者の表情を見れないのは、少し残念だ。
*
親愛なる兄さんへ
夜の国に捕らえられていた人質って私が好きな作家、カノさんだったんですね。
本が出ないって言うのは残念だけれど、私だけの為に物語を書いてくれる今の状況も良いかもしれない、なんて思っちゃいました。
ところで彼女の作風が少し変わったような気がしますが、そちらで何かあったのでしょうか。
登場人物が「現実に押し潰されているような描写」が多かったのですが、「勇気を持って一歩踏み出す描写」が増えた気がします。
勿論、私はどちらの作風も好きですが。
この前送ってくれたカノさんの物語への感想を同封しています。
渡しといてね。
若菜より
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