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互いに秘めた想いと依存
【戦の最中だからこそ!】
本日より2日間、我が国で大規模な市場が開かれます!
皆様の疲弊した心を少しでも癒せるように、様々な地域で活動する商人達をお招きしました!
珍品、珍味をどうぞこの機会にお楽しみください!
商人ギルド・終夜 広報係:光夜
*
大通りから逸れた「月光荘」の辺りまで騒がしいのはそれが理由か。
郵便受けに乱雑に突っ込まれていたチラシを開き、麗音はにわかに納得する。
そういえば、窓から見える通り沿いにも、筵を敷いて換金屋を営む者が立ち並んでいる。
軽い鍛錬や小競り合いに駆り出されることも増えて疲れているし、気晴らし程度に行ってみようか。
厚手の外套で幾らか凌げるとはいえ、冬の寒さは矢張り堪える。
「地面の熱が空へ帰ってしまうから、必然的に夜の気温は低めになる」と、カノが言っていたことを思い出した。
今、彼女はどうしているだろうか。
……少しばかり、感傷的になって仕舞った。
これでは、わざわざ此処に足を運んだ意味がない。
麗音は無理矢理思考を切り替え、近くの露店に並ぶ珍品とやらを物色する。
香辛料、本、蒸留酒、花、茶……
淡い光の元、薄暗闇に浮かび上がるそれらは妙に幻想的に見えた。
麗音自身も、人伝えでしか知らなかったものが沢山ある。
何か買ってみるのもいいかもしれない。
と
普通の料理とは一風違う、美味しそうな香りが鼻を擽った。
それに反応するように、麗音の腹が小さく鳴る。
まずは、腹ごしらえが必要だ。
心底楽しそうな表情をした人々の間を縫うように進んで、麗音は、香りの根源へ向かうのだった。
*
香りの元は、大通りの隅にある小さな屋台だった。
暖簾には、拙い文字で「肉詰め」と書かれている。パンか何かの皮に、肉を詰めたものだろう。
安直なネーミングセンスが微笑ましい。
肉が焼ける脂っこい香りと、香辛料の強い香りが共鳴しあってこの香りはが生まれているようだ。
場所の問題だろうか。値段は良心的で香りも最高だと言うのに、他の店と違って列が短い。
麗音の順番は、すぐに回ってきた。
「肉詰め二つー!」
「あいよー」
あ、もう独りなのに。
店子に肉詰め二つ分の金を手渡してから、麗音は気づく。
いつまでも、カノと二人で過ごした時間で培った癖が抜けない。
大きな肉詰めを二つ手に、麗音は店を後にした。
*
「あ、夜狗じゃぁーん!そんなに大きい肉まん二つも食べるのぉ〜?」
両手が塞がり途方に暮れていたところで都合よく知人に出会えれば、溺れる者は藁をも掴む精神で普段は傍迷惑な"嵐"ですら有り難く感じてしまう。
「……店の人に押し付けられたのよ」
「ふーん」
目を逸らして仕舞っただろうか、変な挙動をしただろうか。
"嵐"の表情が、刹那翳った気がした。
が、くるりといつもの笑顔に戻る。
……気のせい、か。
「ならま、片方私が食べよっか?一緒にご飯を食べる人がいない寂しい夜狗ちゃんのために、一肌脱いじゃうぞ?」
「ん、なら、頼む」
「ありがと」
短い言葉を交わし合い、寒空の元、熱々の肉詰め("嵐"曰く、これは肉まんと言うらしい)を食した。
ピリリと辛い肉も、強力粉で出来た分厚い皮も、美味しかった。
誰かが隣にいるだけで、矢張り心は軽くなる。
自分の想いに驚きつつも、夜狗と嵐は共に夜を明かすのだった。
*☼*―――――*☼*―――――*☼*―――――*☼*―――――*☼*―――――*☼*――
近頃は昼の国を遊び歩いていて夜の国に出向いていなかったことを思い出し、国境守の仕事を放っぽり出して旅支度をし。
"嵐"がこの夜の国に到着した訪れたちょうどその日に、運良く夜の市が始まっていた。
戦で疲弊した民の心を癒すと言う名目で、減ってきた収入をなんとか増やそうとする商人達の悪知恵には"嵐"ですら感心する。
―――もしかしたらほっつき歩いていたら"夜狗"と出会えるかもしれない。
"嵐"はその一心で、勝っ手知ったる夜の街を歩き回るのだった。
*
街の端の屋台で、ようやく"夜狗"の姿を見つけた。
手慣れた仕草で二つの肉まんを買い、そそくさと何処かへ向かっている。
……"嵐"が知っている限りは、もう"夜狗"の同居人及びそれに限りなく近い存在はいないはずだが。
気になる。不安になる。
"嵐"は、自分が収まるべき場所が消えてしまうのでないかと、怖くなって。
「あ、夜狗じゃぁーん!そんなに大きい肉まん二つも食べるのぉ〜?」
結局いつもの調子で話しかけて仕舞った。
「……店の人に押し付けられたのよ」
"夜狗"の少し安心したような、それでいて迷惑そうな表情に、刹那、寂しさが混じった。
ああ、"夜狗'は、あの夜の国の城へ連れて行かれた女のことを想っているのだろうか?
"嵐"には、決して向けない想いを。
"嵐"は、"夜狗"をこよなく愛しているのに?
違法薬物(嗜んだことはないが)より強い依存度がある想いを常に抱えているのに?
それは、狡い。
「ふーん」
無愛想な声が、口から零れ出てしまい,"嵐"は焦って、表情を笑顔に切り替える。
これ以上嫌われたら、"夜狗"が"嵐"の存在を消してしまうかもしれないから。
それだけは、耐えられない。
「ならま、片方私が食べよっか?一緒にご飯を食べる人がいない寂しい夜狗ちゃんのために、一肌脱いじゃうぞ?」
平常心を装って、偽って。
共依存したいのに一方的な依存ばかりで苦しくなって。
この想いは、どうすれば……。
その才能の所為で孤独を強いられた"嵐"には、わからなかった。
肉まんの味も、他愛無い会話も、全て記憶から消し飛んで。
"嵐"はいつの間にか独りになっていた。
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