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打算的芸人
「いや〜、あんなに性格悪いとは
思いませんでしたよ」
「フフ。俺は最初から見抜いてたよ。
もうね顔に出てるよね。人間性が腐ってる
のが」
山本さんは口をニヤリと微笑みながら
半分以上残っているビールジョッキを
一気に飲み干した。
「一回テレビに出ただけで、まるで自分は
大御所気取りだもんな。周りを見下して
るのが態度一つ一つに出てるよ」
「本当それです!全く毎回会うたびに
自慢話してくるの辞めてほしいですよ!
くだらない話を聞かされるこっちの身にも
なってみろ!ての!」
さっき運ばれてきたばかりの
キンキンに冷えたビールジョッキを手に取り
喉の奥に流し込んだ。
キュッと喉仏が締め付けられる中に
苦味の効いた冷たいビールが
火照った身体をいい具合に落ち着かせてくれる
極上な幸せだ。
「林も結構言うようになったな!
前までは好青年って感じだったけど
今じゃ社会に対しての不満があるサラリー
マンみたいな雰囲気だよ」
山本さんは少し皮肉混じりな口調でそう言った。
「すみません。山本さんと久し振りに
飲める楽しさで少し悪酔いしちゃてるかも
です」
すみませんと謝りながらも
陽気な口調で返した。
「まぁいいのよ!いいの!それぐらい
松さんには鬱憤が溜まってるんだから
いいか?絶対あんな人間になっちゃ
駄目だぞ?あれを反面教師にして
見習おうぜ!」
山本さんも同じく陽気に返してくれた。
「山本さんはいつも優しいすね〜
あっ!そういえばP1グランプリ
1回戦突破したんすよね!
おめでとうございます!」
P1グランプリとは
日本で一番面白いピン芸人も決める
一年に一度の大会だ。
その大会に
ピン芸人の山本さんはエントリーし
見事1回戦突破したのだ。
「いやいや、たかが1回戦突破だから。
でも嬉しいよ。ありがとう。」
山本さんはいつも謙虚だ。
後輩に対する面倒見が良いと芸人仲間
からも言われているし、実際
山本さんを慕っている後輩芸人も数え切れない程居る。
僕もその中の一人だ。
お人好し過ぎる性格が故に
頼み事をされたら断れない性格らしく
そのせいで何人かにお金を貸したまま
未だに帰ってきてないと本人は
笑って話していた。
普通の人だったら怒る事も
笑い話にして話すぐらいだから
お金の貸し借りもさほど気にしていないのだろうなと思う。
「山本さんなら、優勝いけますよ!
幅広い世代を狙ったネタでよく構成
されていますし、いつ見ても面白いで
す!」
心の底から出た言葉だ。
「お前の期待に応えられるように
優勝目指して頑張るよ!
もし優勝したらパーッとどこか
高級店貸し切りにして皆でパーティー
しよう!」
「是非!是非!そのときは何があっても
参加します!」
「よっしゃ!そうと決まったからには
気合入った!明日から新作ネタ
作りまくって優勝待ったなしだ!」
僕たちは改めてビールジョッキを一つずつ
頼み、カコンッと硝子と硝子がぶつかり
弾ける乾杯の音を鳴らし、一夜を
ともに話明かした。
その後山本さんは
2回戦、3回戦を順調に突破し
準決勝も飛ぶ鳥を落とす勢いで
突破し、ファイナリストになった。
勢いそのままにテレビでの露出も
だんだん多くなり、知名度もうなぎのぼり
に知られていった。
同時に山本さんへの尊敬の気持ちが
憎しみの気持ちに変わっていった。
その違和感を感じ取ったのは
テレビを見ていた時だ。
その番組は、P1グランプリの
ファイナリスト紹介の特集だった。
全国各地で行われる予選レベルの高さ
優勝候補と言われていた実力派芸人が
初戦敗退と波乱万丈な幕開けとなった。
P1グランプリ。
実は僕もエントリーしていたのだが
結果は初戦敗退と無残な結果に。
芸人として売れる厳しさを悔しいほど
認識した今大会。
このままでは駄目だと感じ
P1の特集番組を見て
ファイナリスト芸人のネタ構成
最後のオチに向けての伏線張りそれらを
研究しようと、テレビにかぶりついていた。
それと同時に尊敬する
山本さんの活躍をこの目で
しかと見届けたいその感情もあった。
次々とファイナリストの紹介が流れ
ついに、山本さんの紹介VTRが放映された。
1回戦、2回戦、3回戦、準決勝の
ネタの様子が流れると
身体に衝撃が走り、思わず目を疑ってしまった。
そこにはフリップ芸をして会場から
爆笑を引き出す山本さんの姿がしっかりと
確認できた。
普通の人から見たら、なんの変哲もない
フリップ芸と見えるだろうが
あれは正真正銘、僕が作り出したネタだ。
僕のネタをイキイキした顔で淡々と
続ける山本さん。
その光景を信じたくはなかった。
どうやら2回戦から僕のネタを利用して
売れっ子芸人への
スターダムを上がっていたみたいた。
いつから、僕のネタを狙っていたのだろうか
いつから、この計画を思いついたのだろうか
どんな気持ちで僕に接していたのだろか。
そういえば山本さんはあの酒の席で
言っていた。
「今年で芸歴10年を越えて
出場資格の10年以内をオーバーする
今回がラストイヤー。
死にものぐるいで取りに行くよ」
なるほど。
優勝するためなら手段は選ばないということか。
以前の山本さんの温厚な性格は
もうとっくに消えていた。
山本さんは自分の生涯を
華やかな芸人人生にするため
人格までも変えてしまったのか。
感情の気持ちの整理がつかないまま
携帯を手に取り、山本さんに向けて
電話を掛けた。
1コール、2コール、3コール経過しても
電話に出る気配は無く無情にも
自動音声へ繋がってしまった。
僕はメッセージを残すこともなく
スマホ上に表示された受話器のマークを押し
電話を終了した。
電話には気づいていることだろう。
なんせ、今はメディアへの出演が
増えていて大事な時期。
携帯は肌身離さず持っているはずだ。
僕からの電話に出ないということは
自分が少なくとも罪悪感を感じ
後ろめたさを感じているから
出ない。
山本さんがのうのうとこれから
周りからチヤホヤされ、売り出されていくのを指を咥えて見ているだけなんだと
思うと
はらわたが煮えくり返る気分だ。
怒りの感情に支配されつつあった僕の
脳内に一つ、恐ろしい事が浮かんだ。
もう僕は芸人を続けられないかもしれない
山本さんが僕のフリップ芸を
使い始めたことより
山本さんイコールそのフリップ芸
というイメージが全国民につく。
P1グランプリは全国放送で生中継され
国民の半数以上は恐らく見ると思うし
仮に山本さんが優勝なんかすれば
尚さら、フリップ芸がピックアップされる。
その中で知名度が乏しい僕が
元祖フリップ芸をやったとして
見える未来は、パクリだと
批判され、アンチやネットで叩かれる日々。
そうなれば僕は僕が生み出したフリップ芸を
封印し、また新たな芸風、ネタを
探さなければならない。
フリップ芸一本で勝負しようと
考えていた僕に今更新しいネタなんて
考えつくことがほぼ出来ないに等しい。
それ位フリップ芸に対して情熱と自信を
持っていた。
そう思うと頭の中は
芸人引退
その4文字で埋め尽くされた。
今、僕がそのフリップ芸は本当は
僕のなんです!
と発信したとて、悪目立ちするだけ。
休日の昼間から憂鬱な感情になり
最悪の休日となった。
山本さんが優勝したら
芸人辞めよう。
もう何やったって悪あがきだと
周りから馬鹿にされる。
ヘイトを買って批判されるぐらいなら
誰からも何も言われず表舞台から
姿を消したほうが
清々する。
【速報】
P1グランプリ2021優勝は
エントリーナンバー1989番
山本龍に決定。
以下コメント
「本当に嬉しいです。自分のこれまで
やってきたことは間違えじゃなかった
そう思わせてくれる今大会でした。
また自分の作ったネタに対して
評価してもらえてとても嬉しい限りです
ここまで信じて付いてきてくれた
可愛い可愛い後輩たちにまず感謝を
伝えたいですね!」
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