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「これ……本当に住むやつなん?」
俺は目の前に広がった室内の様子を見て思わず呟いた。
レイが点けた電灯が頼りない白色光なせいもあるが、どうにも暗い。下の店と同じように床と壁が木造りのせいで、およそ屋根裏部屋みたいだ。広さは半分くらいか。
窓際にベッド、その前にローテーブル、ソファ、以上。テレビは無い、パソコンも見当たらない。ただし手前には見慣れた赤いギターと、壁一面のレコード、スピーカー。
「3階にあった雑貨屋を改造してシャワー付けただけの部屋。良いだろ?」とニヤリ。
「冬とか寒そうなんだけど。雨漏りとかすんじゃねぇの?」
「あぁ、わかんね。半年前から住んでるけどまだそんな雨に合ってねぇ。冬もこれからだしな。」
「半年前?」
「おお。」
「…………。」
レイは靴を履いたまま部屋に入りドサリとソファに座ってから靴を脱いでぽいと捨てた。
その隣に座る気にはもちろんなれず、かといって立たされるのも気に食わない。
「もらうぞ。」
レイがローテーブルに置いたスミノフを一本取って、俺はベッドの上に腰掛けて瓶を開けた。レイはソファから手を伸ばして、レコードを物色している。
確かにいまは、音楽をかけてくれてほうがありがたい。
ゆっくりとベッド際の窓に目を移す。それは明らかに住居用のそれではなく、雑貨屋が採光を取り入れるために開けられた、壁沿い左右ぶち抜きの横長な窓だった。
室内が暗いから、外から街灯が漏れてくる。ときおり聞こえる救急車の音が、この街は静かに生きているのだと知らせる。
この部屋で、ひとりで。
一体レイは何を考えたんだろう。
3年のバンド活動。
友情なんて生ぬるいことは言わない。それ以上の説明できない何かが、俺らにはあったはず。
「お前が……何考えてるか。わかんねぇ。」
結局、絞り出した声はそれだった。
どんな抗議も、理屈も、本音には勝てない。俺は単純にわからないし、知りたい。それじゃダメなのか。
「達哉は、お前が4月に消えた理由をわかるって言った。俺だって、"こうかな"って思うことはある。でも、それはお前に聞かなきゃわからない。だから聞きに来た。」
本当に散々だったのだ。4月のある日スタジオの練習にめったに遅れないレイが時間になっても来ず、電話をすれば着信拒否だった。あの日からどんなに知り合いをたどっても、レイに会ったというやつはいなかった。
それなのにレイはこんな近くの駅にずっといて、ただ普通の生活をしてたっていうのか。なんのために。
「お前が一人で音楽の道に進みたいって言うなら、笑って送り出してやる。こんな回りくどいやり方しなくても、言ってくれれば良かったんだ。」
自分で言ってて腹が立つ。こんな情けないこと、何で言わなきゃいけないんだ。
案の定レイは無表情のまま、取り出したレコードをターンテーブルにかけもせず、机に放り出して面倒そうに瓶を傾けている。
それは何故か………怒って見えた。
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