レゾンデートルと嘘

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 隣の店の電気が消えたのか、角度を変えた光の集合体は裸体になった二人を客観的に照らした。  見つめ合うほど理性で好き合う関係じゃない。  ずっと前から多分、こうすることだけをお互いに望んでいたのかもしれない。  あまりにしっくりと来る感情の波に、全身が身を任せろと言っている。  レイは震えるように息をしながら自分の指を舐めて開いた両足の間に充て、濡らした。  俺はそれを見下ろしてゴクリと喉を鳴らす。一瞬の躊躇と、歓喜。 「正面からじゃヤれねぇの?意気地なし。」  ぶちん。何かがキレる。  お前さ。辞めたいならちゃんと言えよ。勝手に消えて、勝手にバンド解散させて、残された俺らがお前の思い通りに就職を選んで、それで満足か?その間にあった葛藤だとかを全部ぶち抜いて神様ヅラしやがって、何なんだよ?その上俺がお前を抱きたかっただって?ふざけんな、そんなこと、そんなことが何でお前が消える理由に、  言いたい言葉が弾幕のように流れて、葬り去られた。 「お前は……どうなんだよ!」  完全に用意された入り口に自分の分身を押し込むと、それはあまりに滑らかに内部に導かれた。 「ん……んぁぁぁぁああ」  レイの喉から漏れた声に、自分の声が混ざる。  お互いにこわばった身体の中心で、繋がった場所ではドクドクと脈が2つ分追いかけ合っている。  体温と吸い込まれるような感覚に泥のような快感がベタついて、背中をつたって頭の先までが震える。 「はぁ、はぁ、」  レイが、どうしたいのか。俺にはわからない。  ただ、腕の中で快感と痛みに悶えているレイは、この世の何よりも壊したくなる存在だった。  ゆっくりと、腰を動かし始める。  レイが息をひそめ、吐いて、あぁと声を上げる。  ただ明らかにレイの身体は俺を欲していて、突けば跳ね返る感情の動きがさらに恍惚を産む。  お前が前を向いて歌って、俺が後ろから叩いて、それが良かった。それだけで良かった。  もしこんな、こんなふうにお前が俺を受け入れて感情を向けるなんてことを知っていたら、俺は本当に自分のままでいられたんだろうか?  それを知っていたから、レイは。  レイは前を向いたまま、俺を振り返らなかったのか。  どんな気持ちで、表情で歌っていた?  俺は何を見逃して、何を失くした?いまこの瞬間、何を失くしてるんだ?  腰を叩きつける力が強くなる。  何も音が聴こえない。ただ叩き込む感覚で、それが的確に一番鳴るところを捉えているのだけはわかる。  繰り返しの中に、頂点がある。 「レイ……悪ぃ。」 「なに……謝ってんだよ、殺すぞ。」 「俺、お前のこと、」 「クソ童貞、それ以上言ったら舌食いちぎってやる。」  レイは両手で俺の両頬を掴んで、真正面から目を見つめた。痛いほどに。 「俺は行くぞ。ひとりで行く。お前の目の前から消えてやったのはな、クソみてぇなお前の青春を終わらせてやるためだ。その欲情くすぶらせて、俺の感情を汚すんじゃねぇぞ。俺はお前が好きだった。お前の音とお前の馬鹿さ加減に、俺の才能が足止め食らったんだ。いい加減、俺を自由にしてくれ。」 「めちゃくちゃ………言うなよ!!!」  ひとつも飲み込めない。俺には受け取れない。  これまでの時間も、これからの別れも。 「じゃぁしゃべんな。ヤッてぶちまけろ。手加減すんなよ、一度きりだ。一回でお前の亡霊を殺せ。」  あぁ、もう、俺も戻れないんだ。  二度と、戻れないんだ。  喪失の前に現れた元凶を、俺は力の限り抱いた。  ひとつも残さないように。誰にも上書きされないように。生きている限り、超えるものが現れないように。 「ああああああ」  目の前が真っ白になって、二人折り重なって倒れた。  秋らしい冷ややかな室温が降りてきて、窓の外にはまた救急車が通った。
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