レゾンデートルと嘘

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***************  その店でレイが働いていると聞いたのは、大学の卒業が見えてきた4年生の秋のことだった。 「は?なにあいつ、そんな近くにいたわけ?」 「そ。灯台もと暗し、てね?鷹臣(たかおみ)がイライラしながらレイを探し回ってる間に、あの男はお洒落なアイリッシュパブでビールとフィッシュ&チップス出してましたよってこと。」 「……っふざけんなよ!!」  ドンっと食堂の机を叩くと半径3メートルの学生が一瞬無言になり、俺の方を一瞥する。かろうじて黒髪に染め直したとはいえ、ドラムで鍛えたそれなりに筋肉質な上半身は周囲を警戒させる。しかしその正体が俺だとわかると、皆何事も無かったように喧騒に戻って行った。  大学では日常茶飯事の光景であったとしても俺自身は相当怒っていたわけで、何なら目の前のうどんでもひっくり返せば良かったとさらに苛立ちが増す。 「んで?達哉(たつや)はそれで何て言ってやったんだ?殴った?ちゃんと殴ったろうなぁ?」 「いや?普通に雑談して、帰った。」 「はぁ!?」  飄々と言い放った達哉の胸ぐらに思わず掴みかかりそうになったが、睨まれた視線にかろうじて手を止める。 「鷹臣。………お前さ、いい加減諦めろよ。レイのことは。」 「だって、半年だぞ!?半年。俺だってその間に悩まなかった訳じゃない。本当はやりたくもない就活にイヤイヤ手を出して、クソみたいな内定式まで出て。その間、どれくらいのオファーを断った?もともと企画してたライブのキャンセルにどれだけ謝って回った?答えてみろよ!」  腰を浮かせたまま怒りをぶつけても、達哉は一切動じないまま機械的にカレーを口に運んでいる。  数秒待っても返事の気配がしなくなったところで、俺はようやく冷静になってどすんと席に座り直した。 「………諦められるかよ。」 「そう?俺は感謝してるけど。」 「……達哉!」  達哉はありえないくらい山盛りにした福神漬を崩しながら、ポリポリと音を立てて無言でこちらを見据えた。  どうやら本気らしい。  達哉はリアリストだ。彼が諦観(ていかん)に入れば、他人がそれを動かすことは難しい。俺はそれをわかっていてもまだ面と向かってそれを受け止める気にはなれなくて、食べかけのうどんを脇に寄せながらふんっと目を逸らした。  うどんなんか伸びても成分変わんねーし。むしろ汁吸ってくれんなら効率良いし。後で七味かければ良い。 「あのな鷹臣。俺らのバンドがそれなりに人気が出て、インディーズなりに全国でツアーを張れたのは、フロントであるレイの才能だったわけ。それは真後ろでドラム叩いてた鷹臣が一番よくわかってんだろ?俺だってベースは弾いてて楽しかったけど、メジャーとかて人生心中するほどじゃない。だから俺もお前も、こうやって就活したんじゃん。才能無いのにリスク取れねぇやつがウダウダ言うんじゃねぇよ。」  言われたことは全て正論で構成されていて、俺はギリギリと歯を噛みながら頭を押さえた。 「………でも。………やり方が許せねぇんだよ。俺は。」 「それはまぁ、そうだけど。」  ポリポリ、福神漬の音。 「解散ライブもせずに雲散霧消するなんて。」  ポリポリ、ポリポリ。 「大体、何も言わずに急にいなくなって、俺らが人生決めた頃になってわざとらしく近場の店に現れるだなんて。」 「はははっ!」  達哉の方向から笑い声が聞こえたので、俺は思わず不審げに顔を上げた。しかしそれはまぎれもなく達哉の笑い声で、俺は思わず口を開けて顔を歪めた。 「……んだよ。何笑ってんだよ!?」 「いや、だってお前。ほぼ全部、答え言ってるよ。」 「はぁ!?」  気付けばピカピカになった皿にスプーンを乗せて、達哉は立ち上がった。昔は肩下まで伸びていた黒髪も今はこざっぱりとしたツーブロックに切り揃えられている。長く伸ばされた前髪に若干の反骨心を感じるくらいだ。  その隙間から形の良い一重で見据えられて、俺は達哉がもう戻っては来ないのだと確信した。 「レイが俺らの前から消えた理由。タイミング、これからのこと。俺はわかりやす過ぎて、笑えるけどね。」 「だから何でそんな!」  ……何でそんなに、あっさり手放せるんだよ。  歩き出した達哉を追いかけて肩を引くと、立ち止まった達哉は目を合わせずにこう言った。 「青春の終え方は、自分で決めるもんだぜ。」  立ち去った背中に、もう見慣れた長いベースケースは担がれていなかった。
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