レゾンデートルと嘘

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 この街の商店街はよくある大通りのアーケードの形をしておらず、東西に巡らされた大小の通りそれぞれが特徴のある店舗を並べていて、街全体が賑わっている。そしてそのどれもがそれなりにレベルが高く、新しい店舗ほど淘汰されて循環が早い。そうして生き残ってきた料理店、雑貨屋、衣服屋などはインテリアも外観もすばらしく、日暮れるほど趣を増す。5階建て以上のビルが無いのも特徴だ。  かといって空が広いかと言えばそうではなく、ひしめき合った店舗の隙間から見る夜空にはどこにも電線が渡っている。  やがてポツポツと、店舗と住宅が混ざる頃になると少しずつ路地が暗くなってくる。  何度目かの角を曲がったとき、その建物は見つかった。  一階のデザイン家具屋と隣の花屋。その隙間にくの字に曲がった心もとない階段の上に目を滑らせると、下からは見えにくい位置に『Moon』と金文字で書かれた木枠の看板が覗く。チカチカと階段のてすりを這うピンクと水色の豆電球は階上へと誘うものの、"知る人ぞ知る"という様子はさすがこの街で長く続く店だなと思う。  俺は紺のレザースニーカーを響かせながら、その階段を登った。どうやら3階もあるらしいが店ではないようで、踊り場側にはチェーンが張られている。店舗の扉を開ける前の一瞬だけ空を見上げると、街灯から一番遠く夜空の濃い位置に、一番星が煌めいた。  なんのことは無い一瞬なのに、どうしてかそれが記憶に残る予感がしてしばし立ち尽くす。  俺は、レイに会いに来た。  多分、答えを探しに。  ……ほんとにそうか?  レイは多分、俺らを捨てた。  音楽で食っていくには、俺も達哉も、才能と覚悟が足りなかった。  事実、レイがいなくなればこうして、楽器単体でプロを目指そうとせずに就職という人生の安牌を選んだのだ。もし俺らが……俺が音楽を生涯続けるとしたら、それはレイの横でしかありえない。でもそれは俺の話で、レイのほうはそうではない。 『俺はわかりやす過ぎて、笑えるけどね。』  もしそれをレイが望んでいたのだとしたら。  その望み通りになった。俺は音楽を選ばない。  それならこの扉を開けることになんの意味がある? 『お前ら、悪ぃな。俺、一人で行くわ。』  ……そうだ。  本当にそれがしたいなら、そう言うやつだ。  遠慮だとか忖度だとか、そんなものは奴には似合わない。俺がクソみたいなドラムアレンジをすれば、「クソダセェ」と言って切って捨てる奴だ。  ……なんか、あるんだろ。  俺に隠したい、何かが。 「……ふざけんじゃねぇぞ。」  俺は一息ついて、思い切りドアを開けた。  
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