レゾンデートルと嘘

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 目の前に飛び込んで来たのは、オールドタイプな暗がりと木造りの内装だった。客の出入りをさして気にしないようなおおざっぱな雰囲気に、少し安堵する。  上からぶら下がる大小の照明が、高校の教室を長細くした様な単純な間取りに無造作にあしらわれている。存在感を主張しているのはバーカウンターにある各種サーバーを縁取る青いLEDだ。  わざとらしいサッカーのユニフォームやステッカーが貼られていないだけ、チェーンのより落ち着いて見える。  そのせいか並べられた丸机は10にも満たなくて、そのうち客で埋まっているのは3つほどしか無かった。 Last night, she said “Oh, baby, I feel so down" "Oh, it turns me off When I feel left out” 「ちっ、The Strokesかよ。」  当たり前だ、アイリッシュパブだからBGMにUKロックがかかっていたってそこまでおかしくはない。それがレイの良く聴いていた音楽なのは、多分偶然。  一番バーカウンターに近い机にリュックを下ろす間、あまり店内を見回さないようにした。不用意にレイを見つけたくないから。  もしいるとしたら、カウンターの向こうのキッチンかレジのあたりだろう。アイリッシュパブのどの店とも同じように、この店もカウンターで注文して自分で席に運ぶタイプだ。  俺は、レイに突然消えた理由を聞く権利がある。  しかし、カウンターに一歩踏み出しながら顔をぱっと上げると俺は息を飲んだ。  目の前にはやる気満々の顔をしたレイが頬杖しながらニヤついていた。 「よぉ。」 「レイ……お前」  想像では今にも掴みかかろうかという怒りを抱えていたつもりが、いざレイを前にすると言葉が出ない。  ……ああそうか。いつも後ろから見ていて……  硬直した俺の顔を見てふんっと笑うと、レイはやっと頬杖を止めて立ち上がり、「お客さん、ご注文は?」とバーカウンターから身を乗り出した。 「……ヒューガルデンとフィッシュ&チップス」と言うと、「ギネスのが美味いぜ」と返される。 「うるせえな、客が白いのって言ってんだから黒じゃなくて白出せよクソ店員。」 「おーおー口が悪い。これだから嫌だねぇ、ドラマーってのは」  そう言いながらヒューガルデンのサーバーにグラスを当てる姿は前と何ひとつ変わらず、俺は目眩がした。  脱色してクリーム色になった髪。それに見劣りのしない整った顔立ち。すらりと伸びる腕はオーバーサイズの黒いTシャツに切り取られてより美しく見える。  ……レイが店員じゃ、目立ち過ぎるだろ。  だからこの店なのか。  改めて店内を見回す。  薄暗く空いた店内にはミーハーな女性客は存在せず、ひたすら昨日のサッカーの試合について話しているような男性グループや、タバコをくゆらせている中年男性のみだ。 「レイー、揚げ物ちょっと時間かかるわ。」  奥から年上の男性の声が聞こえてレイがキッチンを振り返った。どうやら一応店員として仕事はしているらしい。 「うす。店長良いっすよ俺の客なんで時間かかっても。」 「おい。」  ……前言撤回、真面目に仕事はしていないらしい。
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