レゾンデートルと嘘

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 カウンターに乗せられたビールのグラスは完璧な造形をしていた。黄金色の流体の上に弾力のある白いクリーム状の泡が乗る。グラスはよく冷えていて、うっすらと霜をまとったガラスの壁面に、レイが触れた指の跡だけが少し残っている。縁取る青い光は三日月を反転させたみたいだ。  そう。こういうやつ。  美意識が高い。それは自分に対してだけじゃない。彼に関わるものは全て、美しく無ければならない。  視覚。ものごとの道理、言葉、音、全てだ。そこに妥協は無い。ただしそれに気付くのに時間がかかる。それは、美しさの基準があくまで彼の基準であるせいだ。汚れてはいけないというのではない。汚れ方も含めて、彼の基準でジャッジされる。  本人はジャッジしている気はないのかもしれない。しかし自然に、ごく滑らかな仕草で、彼は美しくないものを切って捨てる。  俺はビールのグラスごとレイの顔にぶっかけてやりたい衝動にかられながら、そのままレイの目線に合う位置のハイチェアに腰掛けた。 「鷹臣、筋トレしてんの?」 「あぁ!?」  どう責め立ててやろうかと思った矢先に虚を突かれて、思わず口をつけたビールを吹きそうになる。 「別にしてねぇよ。」 「え、じゃあ………最近もドラム叩いてんの?」  そこに少しだけ間が有った。  ……なんだ?  違和感を感じながら口元の泡を手の甲でぬぐう。 「……そうだよ。」  嘘では無かった。  ドラマーはルーティンの生き物でもある。同じリズムを叩いて叩きまくる。その中に時々訪れる珠玉の音が耳から離れなくて、その音をもう一度出すためにまた同じリズムを何万回と繰り返す。それだけで頭をクリアに出来る。派手なプレイも、瞬間のゆらぎから来る勢いも、土台あればこそだ。  だからときおり一人でスタジオに入っては、自分以外の音を思い浮かべながらひたすらドラムを叩いた。それでも、レイの声だけは脳内で再生出来なかった。  だから、いまここにいる。 「ふうん。お前、そんなにドラム好きだったんだ。」  "俺がいなきゃドラムなんて叩かないと思ってた"ってことか?ほらな。こいつは俺をとっくに見限っている。レイほど音楽を好きではないのはバレている。それでも3年間は一緒に音楽をやったのだ。切って捨てるにしてもやり方ってもんがある。 「……俺がドラムやってんのはな、表現じゃなくてルーティンとかオナニーなんだよ。それがダせぇっつうなら……」 「誰と?」 「は?」 「誰とスタジオ入った?他のバンドのやつら?」  わけがわからない。散々振り回しておきながら俺が他のやつとスタジオに入ったかが気になるのか。  しかし何故か"ひとりで"とは言いたくない。 「たまにサポート入ってたサークルのやつら。」  と適当な嘘をついた。  するとレイはよく見えない表情のまま、唐突に天井を指差して「鷹臣さ、今から俺んち来る?」と言う。  聞き間違えたのかと思って眉間に皺を寄せていると、レイはぶはっと笑いながら腹を抱えた。 「こんな店でよー、辛気臭い顔すんなよ。ほんと、つまんねぇやつ。この店の上の部屋住ませてもらってるからさ、来いよ。」 「上?この上?今から?」 「そう。」 「え……てか店は?」 「平日だし、俺いなくても変わんねぇよ。あと10分だけ待ってて。」  レイはそう言うと、奥の店長らしき男に交渉をしに行った。
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