1 フリーターシンガーソングライター、逝く

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1 フリーターシンガーソングライター、逝く

 吐き出す息が白く昇っていく。  背中に背負ったギターだけが自分を暖めてくれていた。もちろんそんなのは気の所為で自分を預けられる存在がこれしかない、宙ぶらりんな状態だからそう感じるのだろうが。   「今日もノルマだけ支払って収入は無し……と。はは……」    23歳の冬。同世代の奴らは就職して職場に慣れた頃であろう。俺はといえば高校を卒業してから家を出て、フリーターをしながら自称シンガーソングライターとして歌を歌う日々だ。  高校生で握ったアコースティックギター、今の俺にはこいつしか拠り所がない。これが無ければ自分には本当に何も無いのだ。意味も、価値も、名誉も。  バイトして、バイトして。週末にはライブハウスのブッキングライブに出る。ノルマ安めの所を選んではいるが、それでも3000円のチケットを4枚で12000円。それが毎週出ていくのはフリーターには本当に辛い。楽器はメンテナンスのお金も月にいくらかかかるため娯楽にかまける暇はない。   「……いつからこれが娯楽じゃなくなったんだかなあ」    背中のアコギが肩に感じさせる重みに後ろめたさを覚える。就職せず好きに生きる言い訳に歌を使い始めた時に、俺の中の何かは死んだのかもしれない。  それでもそんな俺でも何かを伝えられるかもしれないと、今の俺だから伝えられるものがあるかもしれないと。誤魔化して誤魔化して誤魔化して。自分の中の唯一曲がっていないものに縋るのだ。   「さむ……」    赤くかじかんだ手のひらを息で温めながら暗いライブハウス帰りの夜道を歩く。明日からまたバイトだ。沈んだ心ではやっていけない、切り替えていかないと。  交差点の信号で立ち止まり、押しボタンを押す。ぼーーっと都会の明るさによって星の見えない夜空を見上げる。   「あるはずの星空を眺めているばかり……」    自分の曲の歌詞がぽろりと口から零れた。まるで自分の置かれた現実を投影したような曲である。走ってくるトラックのヘッドライトによって更に明るくなり、本当は星空なんて存在しないのでは無いのだろうか、などとおかしなことを考える。        ガゴンッ       「え?」    空を見上げていた俺は交差点を右折しようとしたタクシーがトラックと交錯した音で現実に引き戻された。テンプレートもテンプレートの右直事故。当然それを避けることなど不可能で。   (明日のシフト、ヘルプ入れる人いるかなあ)    最後の最後までズレたことを考えていたのだった。           『転移召喚に成功。欠損及び汚染認められず。これより全権移譲プロセスに移行します』 『所持品の一つを聖具へと変換。自動防御魔法及び自己進化魔法を付与。被召喚者の意志と発声を通じて最適化を』 『移譲プロセスにエラー発生。原因不明。再度試行します』 『エラー。一部を除き権限の移譲は失敗。続行は現時点では不可能と判断。被召喚者を切り離します』 『転移先をウライの祭壇へ指定。転移魔法発動』 『言語認識を最適化、転移します』           「どうか……この世界を救う力を私にお与えください」    黒い布で全身をを隠すように覆った女性が山の頂上にある祭壇に頭を垂れ、祈りを捧げている。その手は震えており、裸足の白い足は傷つき血を流していた。   「お父様を、この国をお救いできる力を……どうか私に」    震える声には嗚咽が混じり、今にも消えいってしまいそうである。それでも彼女は祈り続けていた。    ──あるはずの星空を眺めているばかり……。   「歌……?」    ハッと彼女が顔をあげる。気の所為では無く満天の星の向こうから確かに聞こえる。  その時、祭壇に眩い光が天から降り注いだ。思わず目を瞑ってしまう。その光は夜のウライ神聖帝国に落ちた天の槍のようであった。   「一体……何が……っ」    光が止み、目を開ける。そして目の前の光景に息を飲んだ。  未だに弱い光を発する祭壇には見たことの無い衣服をまとい、何かを背負った男性が立っていた。光に包まれた男性はゆらりとこちらを見つめ首を傾げた。   「っ……あ、あなたがウライの神様ですか……?」    皇女はついに祈りが通じた喜びに震える声で尋ねる。   「え? いや、桜井ですけど」 「はい?」 「え?」    これがウライ神聖帝国皇女アイラとフリーターシンガーソングライター桜井の出会いであった。
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