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既に日は沈み、次々と園内の電灯に明かりが灯っていく。
照らし出されるのは、すれ違う誰もが笑顔を浮かべて、楽しんでいるようだった。
そうこうしている内に再び中央広場に戻ってきてしまっていた
ここに到るまでに、迷子の子供を見つけることはできなかった、
―本当に何処へ行ったんだ‥‥ん?
広場を見渡していると、ふと一組の男女に目が止まってしまった。
その二人は、この世の全てを失ったような暗い表情を浮かべており、とても遊びに来たとは思わないほどだ。
すると、その男女の元に、あの風船を持った迷子が駆け寄っては呼びかける。
「お母さん! お父さん!」
―なんだ、あの暗い顔は子供が迷子になったから心配していたから。なにはともあれ問題事が一気に解決して、一件落着だな。
どこ吹く風のように立ち去ろうとしたが、男女‥夫婦の顔は晴れずに、ましてや眼前に子供が居るのに気づいていないようだ。
「‥‥あなた、やっぱり帰りましょう。そんな気分になれないわ」
「あの子が亡くなって、もう二年だぞ。充分、喪に服したじゃないか。ここに来たことが、あの子への供養になるよ」
男が取り出したスマートフォンの待ち受け画面には、あの迷子が映っていた。
「お母さん、お父さん。やっと来てくれた。ぼく、待っていたんだよ!」
迷子は必死に二人に話しかけるも‥‥両親には聴こえてもいないし、その姿を視認できていようだった。
―そうか。そうだったのか。
ポツリと呟き、子供の正体を察した。
ここ“アストラルランド”‥‥理想郷とは現世の狭間にあり、様々なモノ‥‥この世ざる者も誘われてしまう。
―初めての経験ではない。ここには色んなお客様がやって来るからな。
「病気が治ったら、アストラルランドに来たいと行っていたのに‥‥。私たちだけで来ても何も意味は無いわよ‥‥」
「そうか‥‥」
病気で子供が亡くなって以来、ふさぎ込む妻の気分転換にとアストラルランドに連れてきたが逆効果だったと後悔しつつ、二人は踵を返して入場ゲートへと歩き出す。
子供は両親を引き止めよとするも実体を掴めない。
「待ってよ、お母さん! お父さん! 僕はここに居るよ!」
子供が叫ぶも、その声が聞こえるのは、ただ一体。
「なんだ?」
両親は自分たちの腕を掴まれて、足を止めてしまった。
振り返るとスタダスが両親の腕を掴んでいたのだ。
―えっと‥‥。
スタダスは子供の方に視線を向けて、頷く。
「な、なんだね? なにか用かね?」
困惑した父親が訊ねる。
マスコットキャラに突然腕を掴まれたら、誰だって戸惑うものだ。
―用があるのは、俺じゃないんだよ!
こんな状況でも律儀に言葉を発生しないのは、下手に話すよりも、スタダスとして行動をした方が怪訝されないと思ったからだ。
スタダスは無理やり両親の腕を引っ張り進んでいく。
「え、あ、ちょっと!」
突拍子もない行動に、なすがままに連れていかれ、子供も後を付いてくる。
そうこうしてスタダスが連れてきたのは、アトラクションの『流星コースター』。
マスコットキャラの特権である顔パスで入ると、他のお客を押しのけて横暴に車両の前へと到着した。
流星コースターの車両は幅広で席が三席設置されている。
「いきなり、こんな所に連れてきて、何をするだ!?」
父親が荒げた声をあげるがスタダスは動じずに、両親を左右の席に座らせて、真ん中の席は空いたまま。
―ほら、そこに座れよ。乗りたかったんだろう、これに。
そう促すと、子供は満面の笑顔を浮かべて、ふわっとジャンプをして席に座った。
―ほら、さっさと発車してくれよ。
スタダスはスタッフに視線を向けると、スタダスの突飛な行動(サービス)だと察して、拘束装置を装着させてくる。
「あ、ちょっと待ってください!」
父親が中止させようとする中、母親がポツリと問いかける。
「‥‥ねえ。どうして真ん中の席を空けて、私たちを座らせたのかしら?」
「そんなの解る訳が‥‥」
二人は空いている席を思わず見つめると、不思議な温もりを感じた。
その席に、スタダスには満面の笑顔を浮かべて座っている子供の姿が見えていた。
スタダスは格好つけながら会釈をし、流星コースターの発車を見送った。
既に外は真っ暗となり、流星コースターの名に相応しく、宇宙を翔ていくように疾走していく。
そして花火が打ち上がり、光の花々が夜空を彩る。
まるでファンタジーの世界に迷い込んだような幻想的な光景が広がっていた。
『お父さん、お母さん。すごく綺麗だね!』
子供の声が聴こえた。
空耳ではない。確かに、そう聴こえた。
両親は愛しい我が子の名前を呼んだ。
***
流星コースターが乗降場に着き、拘束装置が外れた乗客が降りていく中、先頭の席に座った夫婦は座したままで、空いた真ん中の席に手を重ね置き――
「そうか‥‥ここに来ていたんだな‥‥。私たちを待ってくれていたんだな‥‥。待たせて、ゴメンな」
大粒の涙を流したのだった。
***
スタダスは寂しく歩きながら、ふと夜空を見上げると、あの迷子の子供が手にした風船のようにフワフワと上昇していき、キラめく星の一つになるかのように紛れて消えていった。
―またのお越しをお待ちしております。
と心の中で呼びかけると、深々と頭を下げたのであった。
『ここは、エルドラドかアルカディアか、それともニライカナイか。数多の理想郷の最高峰‥“アストラルランド”。貴方様と大切な方を星々が誘います』
-おわり-
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