君待ち駅の糖衣菓子

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 草木と人の世界の境界線、鉄の線路の向こうで、木は葉を散らしても、また枝から芽吹かせます。時間が経てばまた、同じ景色が戻ってくる。そう思い込んでいました。でも次に茂る葉は、今年見たのと全く同じ葉でしょうか?  二度と会えない可能性。出会いと別れが交錯する場所にいて、私はそれに無頓着だったのです。    炭鉱で起きた大規模な落盤事故のせいで、私の父母が二万人を超える見込みはなくなりました。採掘量が減っていたという炭鉱は閉鎖され、これまでめったに汽車を利用しなかった町の人々が、揃って発って行ってしまいました。シルヴィお婆さんの孫夫婦もです。  手伝いなしでも、彼女は店を開け続けました。ついに汽車が来なくなり、店の扉が一度も開かなくなっても。足つき皿は今や空で、「初めまして」と「良い一日を」の札は姿を消しました。小箱一つ分の看板商品だけを用意して、彼女は店主であり続けたのです。    私はぼんやりし始めていました。店主も日がな一日、昼食もとらずにうとうとして過ごしていました。毎朝店を開けていたのが昼になり、夕方になり、一日、三日おきになっていきました。    私を叩き起こしたのは、落雷のような大音響でした。慌てて見回した店内は、異常なし。ではと外を見ると――乗降場に飛散した、粉々の色硝子。吊り具の傷みか、表の吊り看板が落ちて砕けてしまったのです。拾い集めても元通りにはできないでしょう。    ああ、生きているということを、私は分かっていなかった。生きていれば、死ぬのです。同じ命は戻らない。  何日経っても、硝子片は散らばったまま。店内が埃っぽくなり、窓枠から蜘蛛がぶら下がっても、店主は現れませんでした。  彼女の身に何が起きたか、推測できてしまう。成長が悔やまれます。以前の私なら、異変に戸惑っても、再会を疑いはしなかったはずなのに。    いや今からでも遅くない。考えなければいい。私がぼんやりしていても、目覚めてさえいなくても、誰も咎めません。人は、看板も生きてものを考えるなんてこと、知りもしないでしょうから。    そう思うのに、店に一つ残された小箱が目について、眠れないのです。  こんなときに寝入る(すべ)を、学ぶ機会がなかったので――私は覚悟を決めました。何十年、何百年でも起きていようと。去りし彼らがいつの日か、ここを訪れるだろうと期待して。
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