ベートーヴェンのように恋をして

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 恵の手紙を初めて読んだ時、照馬は飛び上がって喜んだ。矢張り下駄箱に入っていたのを下校中に確かめたのだ。で、早くも恵を自分のものにしたような気がして英雄になれた気分になった。と言うのも恵は学園のアイドル的存在で男子生徒の垂涎の的だから、それをゲットできたとなれば学園のヒーローになれる訳だ。それはもう有頂天そのもので今、彼の足取りはベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の勇壮なメロディに乗り、やがてベートーヴェンのトルコ行進曲に合わせて軽快になったかのようだった。  が、当日の朝、半端でなく緊張した。果たして上手く喋れるだろうか、下手したら一発で嫌われるかもと頗る心配になった。とは言え、行かない訳にはいかず出来る限りお洒落をして出かけた。  空は快晴だった。冬の風がひんやりして身が引き締まる。約束時間の二分前に○○公園の入り口が見える通りに出ると、遠目に恵が立っているのが分かった。  ○○公園のツツジの生垣沿いに生える椿の花が赤や黄といった暖色でコーデした恵のイメージにぴったりマッチしている。恵が巻いているマフラーのフリンジがゆらゆら揺れるのがはっきり見て取れる所まで来ると、照馬は足が竦んだ。それに気づいた恵は、満面笑顔になって彼に手を振った。  今まで真面に口をきいたこともない仲なのになんとフレンドリーなことか!自分のしていることに深い意味がないし緊張と言える程、緊張していないから彼氏がいながら気軽にこんなことが出来る。それとは対照的に照馬は自分のしていることにしっかり意味がある、早い話が正直なので喜ぶべき事でも緊張して硬い表情を若干弛ませてぎこちなく笑った。  女は愛嬌、それなら男は度胸だと照馬は心の中で呟いて恵に近づいて行った。  挨拶を交わした後、「やっぱり来てくれたのね」と恵に言われ、「も、勿論」と言った途端、照馬は顔が真っ赤になった。 「それ可愛い服ね。似合ってるわ」 「こ、これ、リバーシブルなんだ」 「そう。裏は何色?」 「つ、椿色」と独特のイントネーションでぼそっと呟く。 「椿色?ふふ」と恵は可笑しそうに含み笑いした。「赤なの?」  照馬は恥ずかしそうに頷いた。「君の服と同じような色」 「ほんとに?」  照馬が判で押したように頷くと、恵は悪戯っぽく言った。「じゃあ、裏にしなさいよ。ペアルックみたいになって面白いわ」 「えっ、へへ」と照馬はちょっぴり笑った。 「ね、裏にしてみて」  照馬は急かされるが儘、照れ笑いしながらリバーシブルパーカーを裏にして着た。 「ほんとだ。私と一緒!赤の地に黄色模様で、かわい~おもしろ~い」相変わらず照れて紅顔の美少年といった感じの照馬を見て、やっぱりシャイなんだわ、可愛いと恵は心の中でも思って面白がった。「さあ、ペアルックになったことだし」と恵は言ったかと思うと左手を彼の右手に接近させて言った。「折角だから手を繋ぎましょうよ」  照馬はその笑顔に吸い込まれるように右手も恵の左手に吸い込まれ、彼女が先に握った瞬間、猫の肉球のようなプニプニした柔らかい感触を味わえ、ぽっと顔が火照るのを感じた。 「ふふ、また顔が赤くなっちゃった」と恵にからかわれた照馬は、自分の顔色が恥ずかしくて堪らなかったが、反面嬉しくて堪らなかった。  そんな彼を恵は愛おしくなった。今まで付き合った男子には感じられなかった純朴さを強く感じて・・・  二人は暫く手を繋ぎながら公園の中を散歩した。照馬は正に夢のようだった。恵はこういうことには慣れているらしかった。他にも何人かとからかい半分でデートしたことがあるのだろう。魔性を持つ女には容易いことだ。  椿の他にシクラメンの赤い花が照馬の熱情を掻き立てた。正に正に彼の繊細な心はベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」のメロディのように心が激しく揺れた。けれども照馬はベンチに座ってから聊か落ち着いた。恵が積極的なのに比例して次第に固さが解れ、こうして女子と二人きりでベンチに座って話すことがとても楽しく思えて来てベートーヴェンの交響曲第6番「田園」の序奏が心の中で踊るようだった。教室ではとてもこうはいかない。で、女子生徒と良く喋っていた小学六年の頃のお喋りだった自分が徐々に蘇って来た。そしてベートーヴェンの交響曲第5番「運命」を語るようにして佐橋先生の話で盛り上がった。 「それってすごくない。有り得ないんですけど~・・・奇跡的な再会ね」 「だけど、佐橋先生の意志があってのことだから奇跡でも偶然でもないんだ」 「そうね、目から鱗って言うの、今、初めて分かったんだけど高倉君って顔だけじゃなくて話し方が可愛いし面白いもん。先生に気に入られて人気者になる筈だわ。高校でもそういう自分を出さなきゃ」 「学校ではとても今みたいにはなれないよ」 「でも、もう私と仲良くなれたんだから今までとは違うんじゃないの?」 「まあ、そうなんだけど、へへへ」と案の定、照れ笑いする照馬であった。  
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