ベートーヴェンのように恋をして

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「僕は小学四年の秋に転校した、初日の下校前、教室で女子生徒に囲まれて質問攻めにあった。そのクラスの中で一番可愛くて学級委員の女子生徒に、かわいい!とか言われて追っかけられたことがあった。小学五年の時もクラスで一番可愛くて学級役員になった女子生徒に気に入られ、中学一年の時にまた同じクラスになると、彼女に告白された。中学二年の時もこれは十人並みだったが、一人の女子生徒に告白された。中学三年の時は斜向かいに住む可愛い女子生徒と初めて同じクラスになって登校する時に偶々家を出る時間が一致して顔を合わせると、彼女から挨拶してくれるようになった。そして学校でもよく話しかけられた。序に言えば小学六年の時、風の便りで一人の可愛い女子生徒が僕のことを好いていることが分かった。これらの事実から僕が可愛くて女子に好かれる要素を充分持っていたことが分かるだろう。何しろ僕は小学二年の時に担任の佐橋美智子という女の先生に気に入られて子供心にも可愛い先生だなあと思ったから嬉しくなって授業中、はしゃいだり冗談言ったりしてクラスの人気者になれたのだ。而も驚くなかれ、なんと僕が小学六年の時に佐橋先生は僕を慕って僕が転校した小学校に転任して来たのだ。  以上のことは潤色したのでも尾鰭を付けたのでもなく今風に言えば、もったのでもなくて全部、本当に本当の話だ。で、自分が可愛いルックスをしているのを意識し始めたのは中学生になってからで、普通なら女子生徒にモテモテになる筈だったが、中学生になった途端、別人のように女子生徒と喋れなくなったのでモテモテとはならなかった。小学六年の時はメチャクチャ喋れていたのにだ。  この理由について書くと、どうしても自己弁護みたいになるし、運の所為にしてると思われそうだし、同情を買おうとしてるんだと思われるだろうから見っともない気がする。なので書きたくない。僕の場合、入り組んだ複雑で濃やかな一種独特の理由があるんだが、説明するのが面倒くさいし、もうどうでもいい、兎に角、書きたくない。書いても分かってもらえないだろうし、同情もされないだろうし、だから書きたくない。  只、僕が言いたいのは可愛い人を好きになる、可愛い人に好かれたい、可愛い人に好かれることを自慢する、これらの人の心理についてだ。  当たり前と言えば、それまでだが、可愛い人をかっこいい女に置き換えても良いし、いい女に置き換えても良い。全く当たり前な話だ。逆に嫌われ者やブスに置き換えたら有り得ない話になる。  男は誰しも物心ついた時からそうなのだ。だから心理もへったくれもない。決まりきったことだ。だから僕は君を好きになる、君に好かれたい、君に好かれることを自慢する。by高倉照馬」  宛名もなしに・・・おまけにbyだって・・・これって告白なの?いきなり自分が可愛いかったことを而も丁寧語を使わず偉そうな文体で自慢してから女子生徒と喋れなくなったことの理由は明かさない代わりに私が可愛くてかっこよくていい女だって暗に言いたいが為に誰でも分かり切ったことを大層な理屈のようにこねて、こんなヘンテコなラブレターをくれたってわけ?  吉永恵は自分の下駄箱に入っていた封筒を帰宅後、封を切って便箋を読んだのだった。  喋りたくても喋れないから手紙で伝えようとしたのね。そう思うと、照馬のいじらしい思いが伝わって来た。  高校を卒業する前にどうしても伝えたかったのね。きっと彼、勇気を振り絞ったんだわ。内気で繊細だから鬱屈したものがたまりにたまって爆発してこの手紙になったんだわ。そう思うと、照馬の情熱が伝わって来た。  これは絶対、無視出来ないと恵は思った。元々気にかかる男子の一人であったから、これ幸いと決心に至ったのだ。しかし彼女には二年先輩で大学生の榊原裕二という彼氏がいた。  2年前、恵は裕二が在籍するテニス部に入部して彼と出逢い、彼が高校を卒業する直前にやっとの思いで告白して来たのを受け入れたのだが、彼と交際していることを高校の誰にも知られておらず無論、照馬にも知られていないことを良いことに、二股か、ま、いいや、兎に角、手紙書いてあげよと思って以下のようにペンを走らせた。 「高倉照馬君へ  お手紙読ませてもらいました。何だか変わってて偉そうな所が却って面白くて結びが洒落てますね。意外な感じがしました。でも確かにあなたの言う通り可愛いと思いますよ。だって実は私、あなたに話しかけて欲しかったんですもの。なので一度お話しませんか?明日の日曜日の午前10時に○○公園の入り口で待ち合わせしましょうよ。私、きっと待ってますから。是非来てください。                              吉永恵より」  
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