ケース9️⃣ 前世終焉

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貴志が目を開けて、起き上がる。 ここは病院の治療室横の長椅子。 夢だったようだ。 貴志は、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 体には、タオルケットがかけられている。 おそらく夜勤中の看護師が、そっと掛けてくれたのだろう。 静かな病院内。 向こうにある窓から、白みはじめた外の景色が見えていた。 ふと掛け時計に目をやると、午前5時30分になろうとしている。 貴志は頭を掻きながら立ち上がり、治療室の中を覗き込んだ。 夜勤の看護師が、叶恵の治療をしている。 叶恵は、眠ったままだ。 貴志は、まだスッキリと醒めない頭を振りながら、再び長椅子へと座る。 また、妹・千恵の夢を見た、と思った。 もしかして、千恵が叶恵を呼んでいるのだろうか。 寂しいかもしれないが、まだ連れていかれるのは早い、と貴志は思った。 そのまま、貴志は朝を迎えて、学校へと通う。 他は何一つ、いつもと変わらない日常。 昌也が気遣って、授業中以外はずっと傍にいて一緒に過ごしてくれた。 貴志は、そんな昌也に心から感謝する。 「貴志。何か俺に出来る事があれば、なんでも言ってくれ。」 そんな言葉だけでも有難い、と貴志は思った。 放課後、スーパーエブリィに電話して、しばらくバイトを休ませてほしい、とお願いしてみる。 鬼切店長は、当然といった感じで、すぐに了解してくれた。 帰宅すると、すぐにタコ焼きハウス・エリーゼの看板が目に付く。 レトロな看板に黄色字で 『タコ焼きハウス エリーゼ』 と、書いてある。 タコ焼きハウスの店自体も、静まり返っていた。 店の雰囲気は、たった一日閉めていただけで、こんなにも朽ち果てた感じになるのだろうか?と疑問が湧いてくる。 まるで、もう何年も店を営業していないような、忘れ去られた廃墟のようだった。 貴志は店内に入り込み、カウンターテーブルを見つめる。 今まで何人のお客が来て、ここでタコ焼きを食べたのだろう。 その木材で作られたテーブルを手で触れながら、貴志は今更ながらに感慨深く思いに馳せた。 そして、タコ焼きを作る調理場に入ってみる。 タコ焼きの鉄板は冷たく、いつものように静かに佇んでいた。 ここで、いくつものタコ焼きが作られ、たくさんの人に食べてもらってきたのだろう。 その時、貴志の目には、鉄板の前にフッと叶恵の姿が浮かびあがり、タコ焼きを作る姿が思い出された。 雨の日も晴れの日も、春から冬にかけても、いつもここで、『タコ焼きハウス・エリーゼ』を守ってきた叶恵。 元気な声をあげて、お客と楽しそうに話している叶恵の姿。
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