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そんな当たり前だった光景を、今はもう見る事が出来ない。
タコ焼きを通じて、また占いを通して、たくさんの人たちに夢や希望を与えてきた母・叶恵。
田舎町の裏通りにある小さな店が、タコ焼きを求めて来てくれた人の心を温めてくれていた。
占いを要望して来た人には、迷う気持ちにアドバイスしたり、今後の人生を導く指標を指し示してきたのだ。
その上、タコ焼き代だけ受け取って、占いの報酬は貰わない、という独自のスタンス。
タコ焼き屋と占い師、どちらが本業なのかも分からないし。
儲け、という観点から考えると、叶恵が代金を貰わずに無報酬でやってる行為は、趣味に等しい。
そんな事を今更考えてみると、叶恵の考え方が、いまいち分からなかった。
貴志は、そこにいるはずのない叶恵の残像を浮かび上がらせ、じっと見つめている。
そう考えてみると、母・叶恵の人生って、何だったのだろう。
あれ程、お互い密かに想いを寄せていたはずの、優しい鬼切店長とは結ばれず、父・修治と結婚しているし。
好きだったはずの料理に携わるレストランも、貴志を妊娠した事を機に辞めてしまっている。
その代わりといってはなんだが、同じ飲食系のタコ焼き屋をはじめ、その傍《かたわ》ら無料で占いをしてあげていたのだ。
その挙句、外国人四姉妹と占い対決をして、要らぬ情けで勝負に負けてしまい、賭けの代償に二度と占いが出来なくなってしまった。
そして、その四姉妹から呼び出されて、危害を加えられ、今こうして瀕死の状態になっている。
そんな、これまでの叶恵の人生を振り返ってみると、損な役回りばかりでハズレクジばかり引いているように、貴志は思った。
「・・・母さんの人生は一体、何なんだよ。」
貴志は思わず、ひとり呟く。
その目には、涙が溢れていた。
すぐに貴志は涙を拭うと、踵《きびす》を返して居間の方へと上がっていく。
しばらくして、再び外に出てきた貴志は、ボストンバッグを抱えていた。
とりあえず母が入院中に必要な品物をバッグに詰めて出てきたのだ。
そして自宅を後にし、病院へと歩いて向かっていく。
遠くの赤い空には、ゆっくりと沈んでいく夕陽が見えていた。
「今は、とにかく自分自身がしっかりしないと。」
貴志は心の中で、そう言い聞かせる。
その後、無意識に近い感じで、ふと気がつくと病院に辿り着いていた。
貴志はまだ、病院に来る事自体、違和感と信じ難い感覚をおぼえる。
未だに、夢なのではないかと疑いたい気持ちが溢れた。
大きな窓ガラス越しに、集中治療室の中を覗き込む。
果たして、そこにいたのは・・・・。
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