ケース9️⃣ 前世終焉

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そうして、メグはまたタオルを絞り直し、ジョオの顔を拭いていく。 その傍で、アブが話しを続けた。 「メグ。あなた、人間がイヤになった事はないかい?」 聞かれたメグが、返答する。 「う〜ん・・・。嫌いな人はいるけど。全ての人が嫌いって事はないかな。」 「・・そうか。それは良かった。・・・私とプランクは、人間が嫌いなのよ。もっと詳しく言うなら、人間に疲れてしまった・・。」 アブが、衝撃的な発言をした。 メグは、ジョオを拭いていた手を止めて、アブの方を見つめる。 「・・そうなの。何か他の人には分からない、色々な事があったんでしょうネ・・。」 アブが、やや苦笑いしながら、遠くに目を向けて続けた。 「昔は私たちも、都会の街で暮らしていた時期もあったけど。ある時イヤになって、この小さな島に移り住んだ。人間が、煩《わずら》わしくなったのよ。」 そこで、聞いていたメグがクスッと笑う。 「・・でも、暮らしは不便そう。」 素直な意見に、アブも笑いながら語った。 「ハハ。そうねぇ。コンビニなんか、もちろんないわよ。携帯電話もない。パソコンもない。・・ここでの生活は、何も生まれないけど。でも人間同士のイヤな、わだかまりも生まれない。」 じっと話しを聞いているメグが、ふと口にする。 「でも、それって・・アクティブがない。えっと、・・つまり、なんかワクワクというか、スリルがないわネ。」 アブが、顔の眉間に皺を寄せて問いかけた。 「アクティブ? ・・ワクワク? ・・・そんなもの、私たちは望んじゃいない。むしろ、そんな事から解放されたくて、この生活を選んだ。毎日、波の音だけを聞いて、気が向いた時だけ行動して、また波の音を聞きながら眠りにつく。」 そこでメグは黙ったまま、再びタオルを水に浸す。 そんなメグの横顔を見ながら、アブが話し続けた。 「メグ。あなたは、まだ若い。これから、もっと色々な事を経験する。それは、良い事ばかりじゃない。この世の中には、危険な事や怖いものがあるけど・・。一番怖いのは、・・人間よ。」 メグが、タオルを絞りながら言う。 「アブ。私とあなたも、その人間よ。」 「その通りよ。私は、自分すらも怖い時がある。」 ポッチャリとした体型のアブは、メグの体のおよそ2倍はありそうな大きさと風格を備えていた。 メグはまた黙ったまま、ジョオの顔や首筋を拭いていく。 しつこいように、そして強い口調で、アブが問いかけた。 「メグ。あなたは自分自身が、怖い時はないの?」 そこでメグが、アブの方を見ながら答える。 「・・・ないわ。私は、正義。私は、正しいと思った事をやるだけ。」 それに対して、アブはただ首を横に振るだけ。 静かな夜は、波の音とともに暮れていった。
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