ケース9️⃣ 前世終焉

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夜の病院。 時計の針は、21時を過ぎていた。 「・・叶恵さん。」 大きなガラス窓に、頭を擦りつけて、囁《ささや》くような声が深く刺さる。 先程、病院に到着した鬼切店長が、窓ガラスを挟んで叶恵を見つめていた。 普段クールな雰囲気で、冷静沈着なはずの鬼切店長の姿は、微塵も垣間見られない。 今はただ悲しみの涙に暮れ、ガラス窓から身動きすら出来ない、ただの男だった。 そんな姿を近くで見ながら、貴志と美咲が椅子に座っている。 「今日は、来てくれてありがとうな。」 貴志が、横に座っている美咲に告げた。 「いいよ、そんな事。気にしないで。」 美咲も、返答する。 「バイト・・。急に休んで悪かったな。忙しかっただろ。」 申し訳なさそうに、貴志が謝った。 「そんな事、イイって。バイトは大丈夫だったよ。それよりも、貴志のお母さんが大変だったんだから。心配よ。」 気遣いしながら、美咲が言う。 そんな時、叶恵のいる治療室の中に定期的にやってくる看護師。 何やら、叶恵の状態を見たり、治療を続けてくれているようだ。 そこで、治療室から出てきた看護師を、鬼切店長が捕まえて問いかける。 「あの、・・どうなんでしょうか? 叶恵さんは、まだ目を覚まさないんでしょうか?」 必死に食い下がるように聞く鬼切店長の態度に、看護師は少し困惑しながら答えた。 「まだ、何とも言えない状態です。あの・・ご家族の方以外は、面会時間も過ぎていますので・・。宜しければ明日にでも。」 項垂《うなだ》れるように頷く鬼切店長。 ガラスの中の治療室を見てみると、時折医者が診察に訪れていたが、叶恵自身は相変わらず点滴や医療器材の森で、眠り姫だった。 その後も鬼切店長は、際限《さいげん》なく留まっていたので、貴志は配慮して、同乗してきた美咲もいる事だし、明日の仕事にも差し支えないよう促してみる。 また安心させる為に、何かあればすぐに連絡します、との約束をした。 「貴志。何かあれば、本当にいつでも・・・。」 そう言う鬼切店長は、いつもと様子が違って、ポッカリと抜け殻になった感じがする。 やがて、鬼切店長と美咲は、病院から帰っていった。 貴志は、改めて治療室の横にある椅子へと腰を下ろす。 そこは再び、静かな時間が訪れた現実と向き合う空間。 面会に来てくれた人と話を交わしたり、何か他の事を少しでも考えている間は、この突きつけられた現実を忘れていたかのように思えるのだが。 やはり目の前の事実からは、逃げる事も避ける事も出来ず、貴志を待っていて、その課題と対面するしかない。
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