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ケース9️⃣ 前世終焉
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「母さん! 母さん!」
警察車輌スープラの中で、必死に叶恵を揺さぶる貴志。
しかし目を閉じたまま、全く返答しない叶恵。
無線機からは、女性の声が繰り返される。
「どうしました⁈ 大丈夫ですか⁈」
貴志は、叶恵の呼吸と、心臓の鼓動を確認してみた。
一応、微かな心拍音を感じる事が出来る。
そこへ、けたたましくサイレンを鳴らしながら、やっと警察の応援車輌が数台、到着した。
ドアを開け、警察官が貴志に話しかけてくる。
「君! 大丈夫かね? ケガはないかね?」
それに対して、貴志はすがるように告げた。
「母さんを・・。母さんを、お願いします。」
抜け殻のような目になった貴志が、身動きもせずに呆然とガラス越しの部屋を見つめている。
その部屋の中には医療機器が並び、モニター画面には、幾つもの数字が表示され、点滅しているライトと波打った波形が、映し出されていた。
置かれているベッドには、叶恵が寝かされており、その口や鼻からチューブが通り、腕や体の至る箇所には、点滴や配線コードが取り付けられている。
叶恵は目覚める事はなく、永遠の眠りについたように静かにそこにいた。
今の貴志には、何も考える思考力も気力もない。
まるで自分自身も、叶恵と同じように、微かに呼吸をしているだけの存在になっていた。
そこには時間も日付も関係なく、認識する事すら出来ずに、ただ無の空間の中にいるだけである。
「・・し。・・たかし。」
?
気のせいか。
貴志は、誰かに声をかけられた気がした。
「おい、貴志。」
ふと、そのハッキリした声に反応して、顔をあげると、そこには父の修治が立っていたのだ。
「・・父さん。」
「さっきから、呼んでるのに。お前、大丈夫か?」
2週間ぶりに見た修治は、相変わらず青白い細顔に無精髭を生やし、黒縁眼鏡をかけ整えられていない白髪混ざりの髪。
スラリと高い背に、半袖のワイシャツと黒ズボンを履いていた。
「母さんは、まだ意識ないのか?」
修治はガラス越しに、叶恵を見ながら聞く。
「ん、・・うん。まだね。」
貴志は、一言しか話せなかった。
「事件に、巻き込まれるなんて、な・・。」
また、修治がポツリと呟く。
そのまま貴志は、俯いていた。
「先生は、・・何て?」
修治が貴志の方へ投げかける。
「・・うん。まだ意識は戻らないって。しばらく安静が必要だって・・。家族以外は面会謝絶だけど。俺は、数分だけ中に入っていたよ。父さんも、中に入る?」
貴志が、抑揚のない声で話した。
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