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小林くんはだいぶ前にあった事件を持ち出して、玄関を開け直すと俺をなかば強引に押し込んだ。
「おいおい」
「お願いしますっ」
空き巣事件があったのは、いつだったろうか。少なくとも今年ではなかった。
鍵を部屋の主である小林くんが持っていってしまったので、俺は勝手にそこを離れるわけにもいかなくなった。本当に空き巣などに入られたら、俺の責任になってしまう。仕方なく靴を脱ぎ、まったく同じ間取りの部屋に上がり込む。
簡素なキッチン、ロフト付きのワンルーム。隠れ家っぽくてロフト付きの部屋を選んだ俺だが、寝ぼけて落ちるのが怖いので下で寝ている。小林くんは……ロフトで寝ているようで、布団がちらりと見えた。下のスペースはあまり物を置かず、小さなローテーブルと小洒落たソファ。壁際の棚に勉強で使う本などが収納されている。
なんというか、俺の部屋と同じはずなのだが、やはり別の部屋だ。当たり前だ。だいぶ年の離れたおっさんと同じような生活をしているわけがない。
「いい匂いがする……」
会社の女性社員の匂いとはまた違う、なんだか心地良い匂いが部屋に染み付いているような気がした。なんだこれまるで俺セクハラ親父みたいだな、なんて自嘲しながら、小林くんの帰りを待つ。
待つのは良い。別に明日会社は休みだし少しくらい寝過ごしたところで問題はない。だいぶ年季の入った腕時計に視線をやり、午前を少し回ったのに気づく。随分と遅い時間にコンビニに出かけていくものだ。まあ俺も、遅い時間の帰宅なわけだが。
ため息が出た。
馴染みのバーにいたバーテンダーの一人が辞めてしまったのだ。何を隠そうそのバーテンダー目当てで通っていたが、実は素顔も知らない。仮面舞踏会よろしく、店員も客も全員素顔を晒さない店だった。
辞めるなら辞めるで、教えてくれたら良かったのに。別にストーカーなんかする気もないし、最後にお別れだけでも言えたらと思っただけだった。
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