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もう会えないとわかると、多分俺はあのバーテンダーをそういう意味で好きだったんだろうな、と改めて思う。バーテンダーは若い男で、そういう性嗜好の人間が集まる店だった。身バレしたくない者にとって、とても居心地の良い場所。俺も人並みにそんな体裁を気にするつまらない男だった。
「小林くん……遅いな」
勝手に人んちのソファに寝そべるのもなんだか憚られて、俺は頭だけソファに乗せると遠慮がちに寝転がった。ホットカーペットがついていて、ほのかな温かさが眠りを誘う。
なんでまたこんなことになったのだったか。そうだ鍵を……失くしたんだった。
通常不動産屋は水曜が休みのところが多いので、多分明日は営業しているだろう。何故水曜定休が多いのかというと、契約が水に流れるというのを連想させるから……ゲン担ぎってのか。誰がそんなこと思うんだ。わからん。
──酒も入っていてぼんやりした頭でそんなどうでも良いことを考えながら、俺はいつのまにか眠りに落ちていた。
「……森さん、大森さん」
呼ぶ声に目を開けると、小林くんが俺の傍にしゃがみこみ、軽く肩に触れていた。コンビニから帰ってきたのだろう。
「風邪ひきますよ。ごめんなさい、うちこたつなくて」
「いや……あれは人を駄目にする道具だからな」
寝ぼけた声で返すと、小林くんは面白そうに破顔して、テーブルに買ってきた酒を置いた。
「……これから飲むのか?」
「鍵ないんだし、遠慮なく泊まっていってください」
「それは……ありがたいけど。なんでこんなよく知りもしない男を泊めようって気になったんだ? 不用心だろ」
「隣の人ですし、知ってます。それに、大森さんが女の人だったら僕も泊まれなんて言いません」
「まあ……そりゃ」
俺は戸惑いを隠せずにいたが、さり気なく差し出された缶のスクリュードライバーを受け取り、口をつけた。俺がよくバーで頼んでいたのも、スクリュードライバーだった。オレンジが好きだからだ。
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