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変身
その夜。変な物音で目が覚める。
朝晩気温が低くなり、引っ張りあげたもこもこの上掛けの上に、何かがいた。
夕方のカラスの恩返しか、と思わない訳じゃなかったけど、眠気がすっかり飛んだ頭は、それをスパッと否定した。薄暗い中でも不思議とはっきり見える侵入者は、カラスとは似ても似付かないものだった。
「なにこれ……なんだっけ」
眠気は飛んだけど、混乱はしているようで、見たことがある生き物だけど名前が出てこない。ぐるぐると目を回す勢いで勝手に回転する頭に、不思議な声が直接頭に入り込んできた。
「オメデトウ、ニンゲン。オマエノノゾミヲヒトツ、カナエヨウ」
不思議な声は、正直に言って何を言っているのかわからなかった。おめでとう……?望み?なんのことだか全くわからない。
「ナンデモカナエテヤレル。キョマンノトミモ、サイコウノウツクシサモ、ソラヲトブコトモ、ビショクノカギリヲツクスコトモ、ヒトヒトリケスコトモ、カコヘモミライヘモイケル……シカシ、タッタヒトツダケダ」
「……今、なんて言った?」
お品書きを読み上げるような、台詞の中に聞き捨てならないものがあった気がする。
「タッタヒトツダケ」
「ちがう」
「カコヘモミライヘモ」
「それじゃない」
「……ヒトヒトリケス」
「そんなんじゃない」
首を振り続けると、不思議な生き物は困ったように汗をにじませた。あ、カメレオンだ。ギョロッとしたふたつの目が困惑したように左右別々に回りだす。
「空、飛べるの?」
隙間のあいたカーテンからは、眩しいくらいの月光が差し込んでいた。こんな夜空を飛べたら、気持ちいいだろう。しかし、うまい話には裏があるものだ。たとえ夢だとしても、なんの代償もなしに願望を叶えてもらえるわけがない。疑ってかかるのが人間だ。
「そもそもなんで私?……あ、夕方カラスを助けたから?」
否定しておきながら未だに恩返し説を捨てきれない私は、昔話が染み付いているんだろうか。しかし、私の問いはカメレオンがくるりと首を傾げた直後にスパッと否定された。
「カラス……?カンケイナイ。タダエラバレタダケダ。サァ、ニンゲン、ナニヲノゾム?」
「え、え?カラス関係ないなら、もっと謎なんだけど……」
普段の行いを思い返しても、カメレオンに望みを叶えてもらえるようなことをした覚えはない。こんなの迷惑メールと同じじゃないか。添付されたメッセージを開くとキョマンノトミを手に入れるどころか、逆に請求されるような。
「インセキガアタルヨウナモノダ」
カメレオンはちょっとイライラしてきたようだ。宝くじが当たるより、隕石が当たる確率の方が高いって聞いたことがあるような……いや、宝くじは少なくともくじを購入してるから、取引はしているのか。
……頭がこんがらがってきた。
そのせいか、夕方のカラスをまた思い出した。こんがらがった釣糸は、カラスが暴れていた時に足を傷付けていた。傷の手当てまでは出来なかった。
もう一度会おうと思っても、きっと私はあのカラスを見つけ出すことは出来ないだろう。カラスもそれを望んではいない。
「ノゾミハカナエラレル」
私の考えを読んだのか、カメレオンが口を挟んでくる。
「タッタヒトツダケ」
望みは叶えられる……?あのカラスにまた会うために、こんな博打に臨むの?
「それなら……」
隕石が当たったようなものだというなら、当たって砕けるのも私の人生なのかもしれない。窮屈な人間社会に、辟易しながらループする毎日を生きるよりなら。
「私を、カラスにしてくれる?」
狡猾とか、ズル賢いといわれるカラス。ゴミや死骸を漁るとされる、野蛮な生き物。それでも、カラスはとても美しい。艶やかな濃紫色の羽根は濡れ羽色。煌めく瞳は頭のよさを滲ませ、大きな羽根で空を舞う。
それでもし、あのカラスに会えたら、きっと私はお礼を言うだろう。絡まった釣糸を切りながら、私は人間という窮屈な殻から解き放たれたかったんだと、思い至った。
「カラス……」
カメレオンはくるくると首をひねり、ギョロギョロと目を回す。やがてピタッと動きを止めると、ゆっくり瞬きした。
「モドレナクナルガ、クイハナイナ?」
戻れなく……人間に、戻れないのだろう。構わない。私はきっと、人間に生まれてくるべきじゃなかったんだ。
「イマアルスベテヲステテ、アタラシイセイヲアユム。ノゾミハ"カラス二ヘンシンスルコト"ダナ」
「……うん、それで構わない」
うなづいて、家族や数少ない友人の姿が浮かばなかった訳じゃない。でも、私にとってあまり重要なことじゃなかったんだ。
「ヨガアケタラ、メガサメル。マドヲアケテ、ネムルガイイ」
カメレオンはそれだけ言って、瞬きする間に消えてしまった。
なんだかとんでもない夢を見たような気がしないでもないけど、言われた通り窓を開けて布団に潜った。
翌朝には、晴れ渡る青空を一羽の新参カラスが飛び回る。危なっかしい飛び方で、不器用そうだが、本人は関係ない。その姿は少し小柄で、頭の後ろに茶色のメッシュが入っている。
その日から毎日、何か、誰かを探すようにそのカラスは飛び回った。つがいを求めて舞うのだと知ったかぶりの人間は言う。
*end*
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