32 春

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32 春

 長らく外の世界を包んでいた雪が溶け出し、高城の運動公園に咲く桜の木々が赤みを帯び始める季節になった。  僕はこの季節が大好きだ。春の到来を感じさせるポカポカとした陽気に、時折残雪の冷たさを運ぶ風が肌を撫でていくのがたまらなく心地よい。冬の間に蓄積していた鬱屈とした思いが、雪と共に綺麗に溶け流されていくようだ。  そんな今日この頃、我ら高城高校陸上部は春休みになって開放されたばかりの競技場で、近隣のいくつかの高校が集って開催される合同練習会に参加していた。  練習会ではいつもの部活のように種目ごとに別れ、午前と午後の二部に分けて一日練習を行う。  短距離チームの練習メニューは、午前中は動きづくりを目的としたドリル練習、午後からはシーズンインを意識した走り込みだった。  午前練と午後練の間には90分ほどのランチタイムが設けられている。  午前の練習を終えると、僕は客席で尊と一緒に昼食を広げた。するとそこに、 「ねえねえ、俺も一緒にいい?」  短距離チームで一緒に練習していた南高の沼川がフラフラと僕たちの元へやって来た。 「ああ、いいぜ」  同じ100mを専門としている尊は以前から仲が良いらしく、快く彼のことを受け入れた。僕も何度か言葉を交わしたことがある程度だが、ちょっと人懐っこいだけで特に悪いやつではないと知っていたので異論はなかった。 「いやー、地区大会チャンピオンのお二人とこうしてランチでお共できるなんて光栄ですなぁ」  わざわざ腰を低くしながら僕たちの一段下に座る沼川の態度に、僕は笑ってしまった。 「そんなの、去年の話だよ」  これは別に謙遜とかではない。事実、この年代のアスリートは数ヶ月もあれば別人みたいに成長することだってある。ひょっとしたら、いま目の前にいるお調子者も冬場の間に怪物みたいに進化している可能性だってあるのだ。  改めて3人で各自の弁当をムシャムシャと食べていると、 「はあー……それにしても午前の練習は疲れたなー。大して動いてもねえのによ」  尊がおにぎりを頬張りながら、柄にもなく気弱な口調で言った。 「そういえば尊、今日あんまり体調よくない?」 「ん? 別にどこも悪かねーと思うけど。なんで?」 「いや、なんかいつもと比べて練習に身が入ってないみたいだったから」  今日の午前中のメニューは、ミニハードルやラダーなどを用いたドリル練習が中心だった。
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