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付き合った相手とセックスをしたいと思うなら、この学校では想いが通じ合った事を周囲に悟られるのは愚行。
性行為禁止の校則は建前で、要は情報統制の手腕の問題。
モラル的に、世間的に、そして名のある家の人間として、律して行動し操作する事を到達点としている。
自分を律せない奴は秘密の保持は出来ない。
人を見る目がない奴は共有した秘密を暴露される。
生徒の中には学校側のスパイがいて、疑惑を持たれればトラップだって仕掛けられる。
一つ先輩が、そのスパイに引っかかって至福の夜を過ごした翌朝、自室の部屋のドアに「退学」と張り出され、その日の内に学校を去って行ったのもつい最近の事だ。
「さっきの女もトラップだよ。ほんとお前、良い勘してる」
甘そうな見た目で、すり寄り上手。
資が無意識に目を惹かれているタイプを投入してきた時は、さすがに羽目を外すかとブレーキのタイミングを身構えていたのに。
「あー、…うん」
困った表情で濁した後、足元に張り付いているネロへと愛しそうに目を細めたこいつは、どうやらこの真っ白な腹黒猫に骨抜きにされているらしい。
「咲夜は――――――、最近はずっと同じ香りだね」
ネロの毛並みを整えながら、呟いた資には他意はない。
自分の全てを垂れ流して打ち明ける事が信頼の証だとは考えていないオレと、自分と他人との線引きの太さが半端ない資とは、こういう所がしっくり来ているんだと思う。
「ああ、そうだな。…匂うか?」
「うん。なんか、薔薇の香りは咲夜っぽくないね」
「そうか…」
資の言葉に、そういえば、と思い出す。
イランイランの香りで開発したボディソープの販売を軌道に乗せてから、それきり、燃え尽きたように香りへの拘りを忘れていた。
傍にいるガールフレンドの香りは二か月おきに変わったし、ここ半年はムスクを乗せたローズに包まれっぱなし。
ロランディからの課題と、学校の宿題、レポート、どうしてもオレの手が必要な会社の執務、次年度に向けての論文、週末のデート、たまにセックス。
執着していた拘りを、良い意味で忘れていたという事は、充実した日々を送れているという事だ。
「咲夜には、薔薇よりさ、もうちょっと音色が高めの香りが似合いそう」
「音が高め――――――」
面白い表現をする。
「例えば?」
「ん~、スズランとか、リラ――――――とか?」
言われて、そういう事かと納得した。
資と出会った頃、オレはそのボディソープの香りサンプルに囲まれていた。
甘さの中に透明感のある、鈴蘭やストック――――――つまりリラの花の香りに。
きっとあの最初の記憶についた香りの栞が、オレのイメージに繋がっているんだろう。
「資、今度オレのボディソープ、わけてやる」
「え? 何だよ急に」
「いいだろ? 黙って自慢されてろ」
「自慢? …全然意味わかんないんですけど…」
「気にするな。オレの香りに染めてやるよ、資」
「え? 何言ってるの? 咲夜? もっしもーし?」
自由で不自由な学校生活は、大抵はオレ達に優しくて、限りある世界で、けれど壮大で、繊細で――――――。
こんな事がなければ思い出しもしない。
盲目になり、世間を忘れ、一人で生きていける気になったとしても、オレ達がまだ、保護を受ける義務のある、そんな年齢だという事を。
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