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寮を出て、雑木を避けるようにしながら裏手へと進むと、針葉樹が向こうに聳える森の入り口に出会う。
――――――既視感。
緑と青と、そして寮舎の茶色が混ざり合った背景をバックに、資が所在なさげに佇んでいる。
「資…」
ここは、オレが初めて資と言葉を交わした場所だ。
「んな、なぁ」
ネロが足の間を何度もすり抜けて強請っているのに、手を伸ばして抱き上げる事もせず、黙って見下ろしている姿は普通じゃない。
いつだって、何よりも、資の中心にはこいつがいたのに、
「…」
まるで、決別をしているみたいだ。
胸の奥がざわつく。
――――――違う。
"みたい"じゃない。
それが現実だ。
パッキングを見たし、何より、オレの目に映る資自身がそれを全身で伝えて来ていた。
「――――――資」
俯いた資の、薄茶の髪が隠すその表情はちゃんと見えない。
けれどそこから、はらりと何かが一滴落ちたように気がした。
【…咲夜、俺、日本に行く事になったんだ】
それでも、大きく息を吸い、強い単語を使ってそのセリフを刻んだ後、ゆっくりと顔を上げた時には、もう僅かに涙の跡が目の縁に窺えるだけで、
【明日、迎えが来て、ここ、出てく】
――――――明日?
【…急だな】
ため息のように返したオレに、資もまた、息を零すように笑った。
【一週間くらい前かな、言われたの。一方的だったし、為す術無しで、後見人とか、ほんと、参る…】
資の言う後見人とは、日本での法的代理人の事だ。
社交界の慣例として、ロランディ公認でオレを育てる為に時間を割いてくれているルビさんとは、まったく立場が異なる後見人。
【…叔父さん、だったよな?】
【うん】
父さんに相談すれば、どうにか出来る問題かもしれない。
ふと過った考えに、自分の思考の堕落を感じた気がした。
ルビさんと会った後は、どうしてもロランディの力を仮想で持ちがちだ。
環境にあてられない。
そのコントロールもオレが身に着けるべき事。
重なる動揺を音にしないように深呼吸で呑み込んで、
【――――――ネロはどうするんだ?】
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