MIDDLE NOTE

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 お別れ。  …お別れ――――――?  つい数時間前まで、深いキスをして、体を重ねて、オレの腕の中でオレの名前を何度も呼んでいたその口が、  【なんで――――――】  反射的に言いかけて、子供みたいなセリフだと留まる。  じゃあ何て言えば?  何を、言えば――――――…?  【オレを…納得させる理由があるのか?】  精一杯、冷静を努めた。  オレが知っている、カッコイイ大人の男の人達総動員で、記憶を攫って出てきたのが、漸くその言葉。  【そうね…】  ブラのフロントホックを留めた手で、彼女は乱れた髪をまとめるように耳の後ろへと梳き流した。  露わになる首筋から肩へのライン、毎週末にジムで引き締めている身体は、下着姿が一番綺麗だと思わせるほど魅力的で、  そこに唇を寄せて、見つめ合いながら高みに上ったのはついさっきの事なのに、  【――――――私はもう、人のモノだから、かしら】  頭が、真っ白になった。  ロランディの名を継ぐ者なら当然、その血筋の果ての誰もが知っている事。  人の(もの)に手を出す事は、過去からの教訓に背反する行為。  ロランディは、攻略を駆使して材も財も奪える。  ビジネスとしてなら容赦はしない。  けれど、人と人の絆を、序列を乱す欲望で壊してはいけない。  かつて悪手を打った先祖の一人と同じ報いに、一族を晒したくなければ――――――。  これは社交界では当然の、ロランディ独自の不文律。  序列を示された相手がいるのにロランディの血筋に手を出す事は、禁を破らせるとこと唆す事、つまり一族への宣戦布告と同意義を持つ。  【いつから…?】  警戒はしていた。  二カ月サイクルでガールフレンドを変えていた時も、学校の外に婚約者はいないか、ロランディに近づくために、隠している恋人がいないか。  けれど、彼女の事は、気を付けていたのは最初だけで、  それでも、この終わりの瞬間まで、そんな素振りを欠片も見せなかった。  【一体いつから】  【――――――サクヤ、力を抜いて】  彼女の両手が、オレの右手に添えられた。  【傷がついてしまうわ】  【…】  いつの間にか、強く握りしめていた拳に気づかされ、けれど、うまく制御出来ない事に僅かに焦る。  【嘘じゃなかったの】  優しく撫でるようにオレの指を解いて、  【何が…?】  【あなたと抱き合って、幸せだったこと。名前を呼んでその腕に縋った事、キスをした事――――――。私の気持ちに噓はなかった】  けれど一本一本が自由になるごとに、思考の混乱は極まって行く。  【――――――なら、】  思わず言いかけて、オレはハッと口を噤んだ。  何を、口にしようとした?  人のものだと、知ってしまったからには、引き止める事が出来ない。  【…】  まるで三半規管を揺らされたみたいだ。  彼女から漂う薔薇の香りが、眩暈を誘う。  【いつ…から?】
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