1817人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
「…おい、ユキ、――――――ネロ」
なぜかオレの部屋に居座るようになったネロは、相も変わらず不愛想。
ユキと呼んでも総じて無視で、ネロと呼んでようやくその黒目がオレを捉える。
「やめろ、そのレポート、どれだけ時間をかけて仕上げたと思っているんだ」
USBメモリを前足で弄ぶネロは、間違いなくその価値を知っている。
「…わかった、今日は資とオンラインするから」
傍から見れば、正気を疑われるレベルだと思う。
こんな理知的な会話を猫に向けるとか。
「…約束する」
けれど人質ならぬ物質をとられたオレに選択肢は無い。
ネロは、オレの答えを舌で転がすかのような時間をかけて理解し、ようやくUSBメモリからその爪をどけた。
その後は、つーんと横顔を見せたまま、まるで人形のように身動きもしない。
「…クソアマ」
それからというもの、シーツを泥だらけにされ、机から物は落とされるわ、署名用のインクをひっくり返されるわ、気に入っていたカバンを引っかかれるわ、制服に座り込まれるわ、皿はひっくり返すわ、かなりいいようにやられまくり、
そのくせ、資とオンラインで会話している時は近くに寄ってこない。
資の顔を見もしなければ、自分がいる事もPRしない。
なのに、音声をイヤホンで独占していると、遠くから威嚇して催促する。
「…お前な、オレを使って何がしたいんだ、ったく」
ジッと見つめてくる目を受け止めて、指先をネロの鼻先にあてた。
ヒクリと震えるように反応したのは一瞬だけで、特に逃げる仕草もないから、そのまま口の周り、顎の下へと移動する。
短い毛の触り心地が気持ちいい。
「…傷は治ったな」
よほど抵抗したのか、あちこち引っかき傷を作っていたネロの皮膚は、一番出血が目立っていたところもすっかり完治していた。
首根っこを噛み押さえられながらも、最後まで足掻いたのは、資への操という事か。
「――――――お前の方が、よく知ってる」
愛し方を。
執着を。
「協力してやるよ」
笑ったオレに、やっぱりネロは愛想笑いすら返さなかったけど。
"――――――資、ネロが、死ぬかも知れない"
前触れもなく落とした究極奥義は、躊躇していた資の背中を見事に押した。
最初のコメントを投稿しよう!