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気怠く項垂れるネロの様子は、まあ、見ようによっては弱っているように見えて、
正体を知っているオレからすれば、横になって女王に擬態した魔女が、指で資を呼び寄せているシーンだ。
二カ月ぶりに見た資は少しだけ痩せたように見えたけれど、オレとの目線に変わりがないという事は、順調に成長はしているという証。
これまでのやり取りから推測しても、ネロの事を除けば問題はなさそうだから、日本での環境は悪くなさそうだ。
そして、
「ユキ」
「んな、んな…」
「ユキ、ごめんね、一緒にいられなくて…」
「なぁ…」
「寂しい思いさせて、本当にごめん」
「んなぁ…」
「もう絶対に、離さないから」
何度もユキの頬に唇を寄せる資と、それを目を細めて受け止めるネロは、
「――――――すれ違いの果てにやっと結ばれた恋人か、お前らは」
呆れるくらいのイチャつき振りで、
「こらクソ猫!」
"いかにも"という声で、甘えた声でネロが鳴いた事にこれまでの腹立たしさがマックスになって、
「資連れてきたぞ、さっさとメシ食え」
首の後ろを掴んで持ち上げて用意したエサの前に放り投げれば、資から抗議が飛んでくる。
「何するんだよ! やっていい事と悪い事があるくらいわかるだろ!?」
「ああ? 知るかよそんなの。オレのこの一カ月の苦労を思えば、軽い仕打ちだ、こんなの」
「咲夜!」
「お前、よりによってこんな性質の悪い女に捕まりやがって」
ここ最近の"いたずら"を事細かく伝えれば、資はどんどん顔色を失くしていって、ネロはと言えば、他人の話を聞くかのような態度で爪の間を舐めている。
「長年この辺りに住み着いてるらしいからな、こいつ。…少なく見ても十歳だろ? そろそろ婆ちゃんだし、今連れてかなかったら、お前絶対に後悔するぞ?」
「ん…、きっと…日本で一緒に住むことは出来ると思う。マンションの同じフロアに俺用の部屋、用意して貰えてて、責任が取れるならペットも好きにしていいって言われてるから…」
「じゃあ今度こそ連れてけよ? 絶対そいつ置いてくなよ? チョー迷惑」
正直、今後のネロは、オレの手に負える気がまったくしない。
「…問題はさぁ、飛行機なんだよねぇ」
「は?」
十時間以上も離れていないといけない機内での事が心配だという資に、
「…プライベートジェットなら、問題ないな?」
オレはネロに完全降伏。
頻繁に日本を行き来しているルビさんを頼って、無事にこの迷惑カップルを自分のテリトリーから追い出した。
――――――
――――
【――――――s? Baltas?】
…バルタス?
窓を開けたままベッドで仮眠をとっていたオレの耳に、囁くような呼びかけの声が入ってくる。
【バルタス? バルタース】
同じ言葉を繰り返す中に、合図のように続けて舌を鳴らす音が入るのは、つまりそういう事だろう。
仕方なく体を起こし、窓から身を乗り出して声の主を探す。
猫のおやつだとわかるものを片手に、茂みに向かって名前を呼び続けているのは、アッシュブラウンの髪の、やけに体の線が細長い男だった。
寝惚け眼を凝らしてみれば、
「あれは…、アンドリュー・レイゼン――――――か?」
教室でも口数の少ない、超のつく優等生だ。
リトアニアからの留学生。
世が世なら殿下と称されるべき血筋だという事で、一目置かれているというか、誰からも遠巻きに見守られている人物。
【――――――なあ、もしかして白い猫を探しているのか?】
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