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【こっちがアバッティーニのお嬢さん。こっちが陳家のお嬢さんよ。そしてこっちがロービック家のお嬢さんね!】
釣書の写真をテーブルに広げた母さんは、オレと同じ蒼い目を涙で濡らしながら腰までの金髪をかきあげた。
手が届く位置にある正方形のサイドテーブルには半分まで注がれたワイングラスと、ボトルが二本。
一本は既に空みたいで、
――――――つまり今、かなり酔ってる状態だ。
いくら旦那と息子しかいないとはいえ、書斎でネグリジェにストール姿ってのがまず普段からして有り得ない。
【信じられる? ロービック家はまだいいわよ、カジノ建設の利があるから。見込みは三年後だけどね! でもアバッティーニなんか咲夜をあげ損じゃない! こっちに全く実が無いのに、私に釣書を持ってきたって事は、チェーヴァに何らかの利益が入ったって事よね? 厄介事はこっちに丸投げで? どれだけ紹介料で儲かったって言うのよ! っていうか、そんなはした金でうちの咲夜を身売りさせようなんて、バカにしすぎよ! 陳家なんかこっちに進出した支店がどれだけ損失出してると思ってるの? 経営者の端くれなら、もうちょっと展望が見える獲物を寄越しなさいっての! もうなんなのこれ、どうして必ず本家の足を引っ張るバカが存在するのよ! ロランディの血を少しでも引いているのなら、少しは脳みそ回転させて一族に本物の利益を齎すような事を成したらどうなの!?】
一声一声、トーンが上がっている。
そろそろ金切り声の域に到達しそうだ。
【あ~、エヴァ。咲夜もびっくりしてるから】
【…いいよ、父さん】
一年に一度か二度、母さんはこうして溜めに溜めた澱をドロドロと吐き出す事がある。
一昨年までは父さん一人がその相手だったようだけど、日本の本宮グループ会長であるルビさんを見本にして倣えと、会社の経営を担うようになった去年から、こうしてオレも呼ばれるようになってしまった。
まったくもって不本意だけど。
【えーっと】
綺麗に装丁された写真へと一つ一つ視線を流して、
【ロービック家の彼女は好みじゃない。陳家は彼女の二番目の兄貴が嫌いだから断固拒否。アバッティーニは論外。先月友人の誕生パーティで会った時、別室に連れ込まれてキスされそうになった。14歳で痴女に仕上がってる女を婚約者とか、死んでも嫌だ】
次々と指で弾きながら断言してソッポを向けば、母さんが悲鳴のような声を上げた。
【うううううぅぅぅ、ダアアぁあリぃぃぃン、咲夜が怒ってるぅぅううぅ】
【エヴァ…】
隣に座った父さんの膝に、母さんが泣きながらよじ登っている。
子供か、と思っても、声にはしない。
【よしよし】
【ダーリン…】
クスンクスンと鼻をすする音がしばらく続いて、
【咲夜…お嫁さん候補、まだ出来ないの?】
【…母さん、オレまだ12。二十歳まで決めないよ】
きっぱりと伝えれば、母さんの目にまたこんもりと涙が膨れてきた。
【あなたの結婚話で、私の30分が毎日消えていくの。超無駄過ぎる。もう無駄過ぎる。そして身内のバカの加減がひど過ぎる】
【祖父さんも同じような事言ってたらしいね。母さんの婿候補の話で毎日一時間が無駄になるって。それなのに、父さんに一目ぼれして母さんが結婚決めたのって幾つだっけ? 23? まずそこまでの猶予はオレにもデフォだよね】
【…うううう、だああありぃぃぃん】
【あー、はいはい】
母さんを両腕でしっかり抱きしめながら、
咲夜…、
――――――と、父さんが目で訴えてきたけれど、これに関しては絶対に退けない。
結婚して10年を過ぎても子供の前でイチャイチャする自分達を見せながら、子供には政治的なタイミングや結果を求めるなんて、ナンセンスだと主張する。
【…そうだわ、咲夜、あなたマリアンと婚約なさい】
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