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不意打ちで悪いとは思ったが、アンドリューがこちらを見ない限り始まらない。
【えッ? …ぁ】
振り返ったアンドリューは、多民族を抱えるこの学校でも数えるほどしかお目に掛かれない、金褐色の華やかな眼差しを大きく見開いている。
それは、オレを拒絶するようなものではなく、ただ本当に、話しかけられた事に驚いているだけのようだった。
【あの猫、もうここにはいない】
【…】
ならどこに?
と、無言で問いかけられた気がして、つい応えてしまう。
【日本。愛しの王子様にさらわれて、新婚生活中】
【…】
そう…なんだ。
目を伏せた事でなぜかそう聞こえてしまった。
そしてほんの少し、開き難いその口元が上がっている事で、この結末はアンドリューにとって悪くない話だったんだと理解出来る。
【――――――お前も、ネロに貢いでたクチか】
【…ネロ?】
初めて、アンドリューの言葉が振動になった。
【あの白猫――――――バルタス? あいつの別の名前。他にも、ユキとか】
【ユキ…?】
【日本語で雪のこと】
【…ああ、そうだね。雪のように真っ白な子だった】
言いながら微笑んだアンドリューの顔の造形は、男のオレでも感心するほど整っていて、
【最初は薄汚れていたけどな】
【タクミが、ずっと綺麗にしてくれていたから…】
【言っておくが、最近はオレも貢献していたぞ】
【そうだったんだ】
目を細めたその足元に、なるほど、その気がある奴は傅く気になるだろう。
美形が多いと有名なリトアニアの中でも、群を抜いている造形だ。
それに加えて、血筋に尊い価値があると踏まえれば、何かしらの強制力は発せられてしまう。
――――――それにしても、資が一時的に戻ってきたその日はクラスメイトを半数は巻き込んだバーベキューパーティも急遽開催され、ネロを連れて行く事は結婚式のように祝われたと言うのに、それを今まで知らなかったとか――――――、
【バルタスは?】
【え?】
【お前の国の言葉か?】
オレの確認に、アンドリューは小さく頷いた。
目線の止め方、顎の引き方、立ち方、その所作からは確かに、現代の上位貴族とはまた違う教育の匂いがする。
【バルタスとは、我がリトアニアの言葉で、白き色を意味する言葉だ。出会った時、あの子の毛並みは森の中で、とても美しく輝いていたから】
【バルタス――――――白か】
腹の中は真っ黒だけどな。
【――――――オレから、名乗ってもいいのかな?】
このまま終わるのは惜しい気がして、思わずそんな言葉が口を突いて出た。
すると、アンドリューはまたゆったりと頷いた。
【構わない。ここは学校で、私達の立場は同等だ】
【サクヤ・ヴァルフレード・ロランディだ。よろしく】
【アンドリュー・レイゼンだ。私はあまり他人と時間を共有する事が得意ではないから、その対処が、君の気に障ってしまうかもしれない。故に、――――――よろしくと、応えていいのかどうか、判断が難しいが…】
【…生真面目だな】
本気が溢れすぎて、逆に笑える。
【別に好きに振る舞えばいい。その方がオレも気が楽だ】
なるほど、誰もが遠巻きにしているのは、血筋云々以前に本人がそれを望んでいる傾向があるからなのか。
【そういう事なら、ありがとう。――――――よろしく頼む】
どちらからともなく、自然に手を出して握手を交わす。
これが、遠くない未来でビジネスパートナーとなるアンドリュー・レイゼンとの親交の始まりだった。
それから、学業と事業をこなしながらの数年はあっという間に過ぎて――――――、
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