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【サクヤ、イギリスやめて日本の大学にしたってほんとか?】
廊下ですれ違いざま、ディベートの専攻で一緒だった一年後輩の奴に声をかけられて手をあげる。
【ああ】
【なんだよ、来年追いかけて行こうかと思ってたのにさー】
【日本に来るなら歓迎するぞ】
【やめとく】
短い笑いの後に即答した背中を見送り、校舎の外へと再び歩き出す。
あと二か月もすればこのスクールを卒業して、春が来れば資と同じ大学だ。
既に合格通知は受け取っている。
…正直、英国とどっちにしようか迷っていたところに、それを話題にした時の資の迷惑そうな表情をカメラ越しに見て、日本の方が面白そうだと決断したのが事の成り行き。
そう宣言した瞬間の資の顔は見物だったと、今でも思い出せば笑いがもれる。
日本行きを正当化する為に、建前として尤もな足掛かりを作ろうと、資の後見人である土方社長と提携して通信会社を手に入れた事はロランディの動向に口うるさい親族に対してかなりの牽制材料になった。
ルビさんも想像以上に歓迎モードだし、引っ越しまで他の問題はないだろうと踏んでいたのに、
【――――――マリー】
談話室の定位置のソファに、アポなしでやってきたマリーがパーティから抜け出してきたらしい恰好で座っている。
プラチナブロンドの髪はせっかくのセットアップが少し乱れていて、アッシュグレイの瞳は、明らかに濡れていた。
【マリー、どうした?】
いつもならテーブルを挟んで向かい側に座るオレも、今回ばかりはマリーの傍に腰を下ろす。
【…サクヤ】
【ん?】
掠れる声をどうにか拾う。
【サクヤ】
【…どうしたんだよ】
問いながらも、何の事かは予想がついていた。
マリーをこんな風にしてしまうのは、これまでもたった一人の男だけだったから。
【私と結婚して】
オレのシャツの裾を握り、マリーが泣き顔を上げる。
【…マリー】
【私と結婚して!】
縋るように額を胸に押し付けてきたマリーのか弱さに、オレの両手は、気が付けばその肩を抱きしめていた。
【忘れさせて欲しいの】
これはマリーの、覚悟を決めた誘惑だ。
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