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【まだ一度だって、告白した事ないだろう?】
【…】
【同じ矜持を崩すなら、そっちの方がお前らしい】
【…によ】
マリーの拳がオレの胸を打つ。
【何よ!】
【痛ッ】
【昔はチビだったクセに! 生意気なのよ! この私の背中を! あんたが押すなんて! もう!】
【マリー…】
一体いつの話を持ち出す気かと、思わず身構えていると、
【解ってるわよ! 解ってた! どうせ私はジェズにとってずっとずぅぅぅっと対象外よ!】
精一杯強がって、悪態をつくマリーは二十歳を過ぎても根本的なところは変わっていない。
【何よ! ジェズのクセに!】
腕を組んでソファにふんぞり返るという態度なのに、ジェズの事を考えている時は見ている方が困るくらいに表情が可愛いから、惜しい事したかと少しは思う。
けれど、オレに向けられているものでなければ、手を伸ばしても意味はないし、今の時点でマリーを女として欲しいとは思わない。
…ふと、ネロの事を思い出した。
この感じ、資との事を協力する気になった時と、心の傾き方が良く似ている。
【…ジェズが婚約したって、ほんとなのか?】
【あんな大勢の前で言ってたのよ? 嘘なワケないじゃない】
マリーの事があるから、父さんなら前以て連携してきそうな案件だけど…、
【首元にあんな見せつけるみたいなキスマーク付けて! クール振ってもカッコよくないっての! 恥ずかしいったらないのよ!】
【…キスマーク?】
【そうよ! ここら辺に、すっごい濃いやつ】
耳の下辺りを示したマリーに、ふと湧いた違和感。
【――――――ジェズって、仕事辞めたわけじゃないよな?】
【当たり前じゃない】
【…その婚約者の家に婿に入る予定で、執事辞める予定があるとか?】
【辞めるかどうかなんて知らないけど、お婿さんに入るのは無理よ。上のお兄さんが優秀で、既に右腕として大活躍中だもの】
"本当はじゃじゃ馬だという事はもちろん存じていますよ。敵には容赦のない事も。けれど、マリアン・ファディーニ様ほど、気高くて強い淑女は他にいません。彼女は特別なファディーニ家のお姫様なのですから、そのままでいいのですよ"
さっきオレがマリーに伝えたのは、ジェズの言葉だ。
そんな風に、マリーの真価を誰よりも理解していた筈のジェズが、人前でその存在を拒否し、あれだけ信念を注いでいた執事業を蔑ろにする行為を許す――――――?
【…ちなみに、ジェズのその婚約者らしい女ってのは誰だ?】
【え? ――――――それは】
マリーの不機嫌そうな唇から刻まれたのは、昔、十二歳のオレを別室に連れ込んでキスを仕掛けてきた、痴女の名前だった。
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