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げ。
【却下】
【どうしてよ! 彼女なら気心だって知れているし、あなただってまんざらでもないでしょう?】
【却、下!】
ぴしゃりと言えば、ほんの少しだけ光を映していた母さんの蒼い目は、またゆらゆらと揺れ始める。
【ああああんん、咲夜のバカぁああぁあ】
とりあえず、この話以外にアジェンダはなさそうだったから、オレは母さんの視界を奪うようにその腕でしっかりと抱いている父さんに向け手を振った。
苦笑いでそれに答えをもらったオレは、無言のままその場を去る
あとは夫の役目って事で。
――――――
――――
【アブな…。おばさまがその気になったら、冬が来る前に婚約式だったわね】
母さんを知る人なら大袈裟と思わないほど体を震わせたマリー――――――マリアン・ファディーニに、オレは僅かに肩を上げて見せた。
オレより二つ年上の幼馴染。
ファディーニはロランディの親戚筋で、親同士の仲が良いから、物心ついた時からお互いそれなりの交流を持って過ごしてきた。
こんな風に、週末にロランディ家の中庭でお茶をするのは月に一、二度。
【いいことサクヤ、しっかり拒否し続けるのよ】
【当たり前だ】
【あなたと結婚なんて、絶ッ対に嫌!】
【はいはい】
【もう! 適当に返事しないで! 私は絶対…――――――……ズ】
グレイアッシュの瞳を勝気に煌めかせていたマリーが、オレの背後の存在を気づいた途端、全身から勢いを失くしていく。
色んな国の人間が多く集まるオレの周りでもかなり珍しい白金を、その指にくるくると絡めながら、崩れていた姿勢を正した。
【お茶をお持ちいたしました】
流線に敷かれた白の石畳の上を、ワゴンを押して最低限の物音で現れたのはロランディで代々執事を務めているシレア家の嫡男、ジェズ。
執事養成学校を出てすぐにロランディと契約した、オレより八つ年上の見習い執事。
もちろん、身内にこそ厳しい母さんが縁故採用なんかするわけはない。
【本日は咲夜様のお好みでレディ・グレイを】
【ありがと、ジェズ】
目を細めて応えれば、柔らかい笑みを浮かべたまま、ジェズが紅茶を淹れ始める。
その流れるような所作は、さすが首席と言うところなんだろう。
小さい頃から、付き合いであちこちの屋敷を訪れているオレが、安心してみていられて、それでいて目を奪われる優雅さがあった。
マリーなんか、もう口が半開きの状態でジェズを見つめている。
このレベルでも、ロランディを仕切る筆頭執事であるジェズの祖父から見れば、まだまだらしいから、奥が深すぎ。
ふわりと、ベルガモットの香りが漂い、後から優しい柑橘系が広がった。
【――――――うん】
良い香りだ。
やっぱりレディ・グレイで正解だった。
湧き上がってきた喜びが顔に出ていたのか、ジェズが満足そうに笑みを深める。
同時に、マリーが赤くなった顔を見られないように俯いた。
【…絶対に、ジェズがいいんだから…】
【…】
片思い歴十年。
執念に似たその願いを邪魔しようものなら、今でさえこうして出汁に使われているオレの平和は、完全に脅かされる。
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