TOP NOTE

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 本当は、周囲の大人達は知っている。  マリーの恋はインプリンティング。  父親の見よう見まねで執事ごっこをしていたジェズの姿が、マリーが初めて見た王子様の理想と重なっただけ。  でも、好きになる切っ掛けなんてそんなもんだ。  きっとオレにも、そうやって突然に人を好きになる瞬間がやってくる。  あの両親の息子だから、そのあたりは疑いたくはないし、むしろ大歓迎だ。  けれど、出会う人があまりにも多すぎて、まだ恋愛方面に未発達なオレの脳はすぐに疲弊して探し飽きてしまうから、ある種の線引きとして、好みのラストノートを持つ人を最初に判別してるだけ。  【――――――けどさ、理想の香りも漠然としすぎてて、色々嗅いでる内に何が好みだったかわからなくなるのが困る】  頬を膨らませたマリーを無視したまま会話を続ければ、彼女は気を取り直そうとしたらしく背筋を伸ばした。  【…って言うか、サクヤってそもそも、自分の好きな香りを本当は解ってないんじゃないの?】  【…え?】  何言ってるの?  と視線で問えば、マリーが大袈裟に息を吐く。  【だって、サクヤが挨拶の後に会話を交わす子って、最初の二、三人はフローラルノートの子だけど、あとはフルーティだったり、配合がちょっとフローラル寄りのムスキーだったり、結構バラバラ。他にもちゃんとフローラル系がいるのに全然気づかないし】  【…絶対に、同じような香りの子を選んでるつもりだった…】  信じていた自分の鼻に疑惑が湧く。  そんなオレの動揺を小さく笑って、マリーは言った。  【バカね。調香師でも連続で香りを利く事はしないらしいわ。素人ならそんなものじゃない?】  【…そっか】  【頭の中ではどんな香りを想像してたの?】  【…ん】  オレが脳内で理想としていた香り。  好きな花は、木に咲くような力強い花。  厚みのある花びら、あの手触り、そこから香る自然の甘さ、それでいて透明。  すっきりとした甘さに、リラックスを促す深い蜜の味。  時間が経てば経つほど全身を包み込むような、――――――優しくて、それでいて体にぴったりとくる感覚の香り――――――。  ――――――そうだ…。  【…香水じゃない】  【え? これ? 私のはコロンよ? そんなに強くないでしょ?】  【じゃなくて、ボディソープ】  【え?】  そうだ。  まるで香水のように、ラストノートまでしっかりと香るボディソープ。  【作ろう】  オレだけのやつ。  ――――――  ――――  『――――――自分だけの香り…そう思い立って、直ぐに実現させてしまうのは流石だね、サクヤ』  画面の向こうで楽しそうに笑うサネハルに、オレは居た堪れない感覚を呑み込んで口を開く。  「まだ実現していません。イランイランをラストノートに配合してもらっているのですが、これだっていう香りが見つからなくて」  『――――――イランイランの香りは、僕も好きだよ。生命力の強い、逞しい木だ』  記憶を探るように目を細められて、オレは首を傾げた。  「日本にもありますか?」  『――――――庭で育てている人はいるだろうけど、名所としては記憶にないな。僕は新婚旅行で見たのが初めてだったよ』  新婚旅行…。  「どちらにおいでになったのですか?」  『――――――インドネシア』  やっぱりか。  あっちでは新婚初夜のベッドにイランイランの花びらを撒く習慣があるから、サネハルもその歓待を受けたんだろう。  夜の香り、なんて異名もあるしな…。
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