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『――――――イランイランは、特別な小鳥がとまれば、格別な香りの花が咲く、なんて伝説もあるね』
「へえ…」
『――――――もしくは、その小鳥がとまったからこそ、特別な香りになる…とも』
また、鶏が先か卵が先か、だ。
「誰のラストノートが一番香しいか、が要点でしょうか?」
『――――――その人の香りだからこそ、――――――という意味でもあるのかな?』
意味ありげに笑うサネハルに、オレは肩をすくめる。
「サネハルはロマンチストですね」
『――――――ははは、妻にも良く言われるよ』
ロマンチスト――――――…か。
「本当は…夜に咲く花の香りで探せたら良かったんですけど」
オレの名前は咲夜・ヴァルフレード・ロランディ。
サクヤという名は、一暁という明け方の名を持つ父さんとの対の意味を持つ漢字をあてたいと望んだ母さんが考え付いて、ヴァルフレードという名は祖父が先祖からとって与えてくれた。
どちらをミドルネームにするかはかなりもめたらしいけど、神話好きの祖母の援護でサクヤがファーストネームとなり、ただしロランディとして署名をするときは、サクヤをSで省略してヴァルフレードを主体に書く。
珍しい名前の割に、由来のエピソードはそんなに濃くないけれど、サクヤという響きはずっと気に入っている。
だから、香りを作りたいと思い立った時、夜の花に真っ先に注目した。
「でも、これという香りが無くて――――――しっくり来たのはイランイランだけでした」
ちなみにイランイランは、夜中に咲く花とは言い難い。
夜の為の花――――――という意味でなら、知名度はあるけれど。
『――――――サクヤ』
「なに? …サネハル?」
いつもより丁寧にオレの名前を呼んだ割に、少しだけ考えるような仕草で視線を落としたサネハルは、戸惑ったオレに応えるように再び顔を上げた。
『――――――サクヤ、もしかして君のその名前には、日本名…漢字がある?』
「え? あ、はい。夜に咲く、と書いて、咲夜です」
『――――――…咲夜…、そう、だったのか…』
手で口元を隠し、物凄い困惑顔をしながら、視線はぐるぐると部屋中を巡っているみたいだ。
「サネハル?」
『――――――いや、何て言うか、驚いたな――――――こんな偶然、あるものなのかと…』
「え?」
『――――――実はね、僕の娘も、夜に咲くと書くんだよ』
え?
「ほんとに?」
そんな偶然――――――、
「えーっと、サネハルの娘さんの名前って…」
『――――――咲夜だよ』
「咲夜…」
確か、オレより年下だった筈。
こんなに驚いているサネハルを見ていれば、真似たんじゃない事はもちろん判る。
「ほんとに凄い偶然ですね。――――――名前の由来は?」
夜に咲くなんて、ちょっと意地の悪い人なら、娼婦とか夜の女とか、そっちの方を想像しそうだ。
なのに、言語の力を良く知っているサネハルがなぜ女の子にその漢字を選択したのか、好奇心を隠さずに訊ねればサネハルは嬉しそうに笑った。
『――――――夜に咲くような女の子になって欲しくてね』
「……」
…サネハル、どうリアクションすればいいんだ、これは。
『――――――迷って、途方に暮れて、真っ暗な世界に力尽きて蹲った人に、そっと柔らかい光をかざせるような、そんな人になって欲しくて』
「…サネハル…」
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