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「お姉ちゃん、悪いんだけど一時間だけ紗綾をみててくれない?」
「お姉ちゃん、紗綾が熱を出したって保育園から連絡あったんだけど仕事抜けられないの。悪いけど迎えに行ってくれない?」
私の都合はお構いなし。仕事中に何度紗綾を迎えに行ったことか。約束しても一時間で迎えに来たことは今まで一度もない。その日のうちに迎えに来るのはまだましなほうで、翌朝になっても迎えに来なくて、沙織とも連絡が取れなくて保育園に紗綾を預けてから出勤したことが何度もある。物心がつく頃から紗綾の面倒をみてきたからか紗綾は私を亜子ちゃんと呼んで慕ってくれていた。
沙織が再婚し新居での新生活がはじまった。でもその直後から紗綾は継父が怖いとたびたび漏らすようになった。何が怖いのかと聞いてもがたがたと震えるばかりで何も答えようとはしない。怯えた紗綾の目を見たとき私は確信した。
「紗綾おいで。早く飛び降りて」
「やだ、怖いよ。高いところが苦手なの」
紗綾はアパートの二階の猫の額ほどしかないベランダの手摺に掴まりほとんど裸でぶるぶると震えていた。
「亜子ちゃんが受け止める。絶対に落としたりはしない。紗綾、亜子ちゃんを信じて」
着ていたコートを脱ぎ両手を広げると紗綾は意を決しそのなかに飛び降りた。その直後、窓がガシャーンと激しい音を立てて割れた。つっかい棒のほうきで窓が開かないことに苛立った継父が椅子で窓を叩き割ったのだ。降りしきる雪とともに二階からキラキラと光る破片が頭上に降ってきた。頭からすっぽりと服を被せると紗綾の小さな体を強く抱き締めた。清くんと蝶子ママに助けてもらった命だもの。姪が助かるなら私はどうなっても構わなかった。震えながら泣きじゃくる紗綾の背中を擦りながら抱き締め続けた。
近所のひとが110番通報をしてくれたみたいですぐに駐在所のお巡りさんが駆け付けてくれて大騒ぎになった。警察から事情聴取されたものの結局継父は罪に問われることはなかった。その後紗綾は妹夫婦のもとには帰らず私たち家族の一員に、娘になった。
「お母さんと紗綾お姉ちゃんは親子というより、姉妹みたいだね。いっつもじゃれあって、仲がいいよね」
中学一年の息子と小学四年生の娘にもそう言われるようになった。息子は私と同じ軽度の発達障害を持っている。
「お母さん写真撮って。紗綾お姉ちゃん早く」
「亜子ちゃんも一緒に撮ろうよ」
「私はいいよ、写真写り悪いから」
郡山ゆかりのミュージシャン、GReeeeNの光の扉の前ではしゃぐ子供たちにレンズを向けると、温かな光のなかで蝶子ママと清くんがにっこりと微笑んでいるように見えた。
一昨年の十二月は、当時小学五年生だった息子が交流先のクラスの男子児童たちにいじめられていることが分かりクリスマスどころじゃなかった。去年の十二月も娘がクラスの男子児童たちから心無いことを言われ怖くて教室に入れなくて職員室にいることが分かり、娘はストレスからアトピー性皮膚炎を再発させたりとやはりクリスマスどころではなかった。
今年もいろいろあったけど無事にクリスマスを迎えられそうだ。生クリームとチョコクリームが苦手な下の娘のためにフルーツタルトを勤務先のパン屋さんに注文してある。
蝶子ママ、清くん、紗綾と子供たちの成長をこれからもどうか見守って下さい。
「じゃあ、撮るよ」
涙を拭い笑顔で子供たちに手を振った。
GReeeeNの光の扉です
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