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今夜のパーティーが前社長──すなわち佐野さんの祖父の誕生会だとは知らずにここへやって来た。佐野さんの彼女役を演じるという、一生の記念になりそうな役目を引き受けたからだ。
この話を持ってきたつばきには、余計なことは一切言っていない。SANO主催のパーティーのビュッフェ目当てだと彼女は思っているだろう。
大通の外れにある高級ホテルの、広いホールを貸し切った優雅なパーティー。水面下に打算や策略が蠢いていることは、まったくの一般人であるわたしにも感じ取れた。佐野さんが同伴者を必要としていた訳も、少しは理解できるような気がした。
──父の驚いた顔なんて久しぶりに見た。あれだけでも、あなたに来ていただいた甲斐がありました。
キスを交わす直前に、佐野さんが薄く微笑みながら言った。彼がわたしのために選んでくれたというドレスを、とっくに脱ぎ捨てたあとで。
──このまま朝まで恋人の振りを続けましょうか。誘ったのはあなたですから。
男らしくも美しい彼は、ひとたび脱ぐと、逞しくて色気のある大人の男性だった。あのころに比べるとだいぶ翳りのある表情は、大人になったせいだと目を瞑った。
「話してもらえますか。力になれるかもしれません」
指を絡められ、ボクサーパンツのみを身につけた彼がベッドの上に戻ってきた。言い淀んでいると、「話してください」と見つめられて呼吸が乱れる。
絶対に誰にも言いたくない、いや、言うべきではないことだ。反面、誰かに聞いてほしい気持ちがどこかにある。その「誰か」がこの人で正しいのかは疑問だけども。
「……弟が、います。血の繋がらない弟です。新しい父の、連れ子です」
ダブルベッドが軋み、彼が息を吐いたのが分かった。そうですか、と単調な声が、冷風が吹き込んでくる音に紛れる。
「いくつ?」
「わたしのひとつ下、28歳です」
「どこにいるんですか?」
「……失踪しました。半年と少し前です。借金が、残っていると思います」
沈黙が訪れた。やはり言うべきではなかった、と身体の芯が冷えた。佐野さんのような人にお金の話をするなど、結局の目的はそれだったと思われても仕方がない。
「いくら?」
「え?」
「いくらですか。その、借金というのは」
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