初夜

6/6
前へ
/454ページ
次へ
「あなたは本当にいい顔をする。それも全部、計算なのか?」 「そん、な……こんなときに、計算なんて、できな……あ、あ、あぁっ」 「こんなに感じて、乱れて、喘いで──初夜だというのに、俺の妻はどうしようもなく厭らしい」  軽蔑するような眼差しに再び涙が込み上げたとき、耳元で「茉以子」と柔らかく囁かれた。心の奥と骨の髄が同時にきゅんとして、広く逞しい背中にそっと腕を回す。 「あんまり……酷く、しないでください。計算なんてしていないし、貴介さん以外に抱かれたりしません」  微かに残るピアス痕に彼の素顔を見た気がして、思わずそこを食んだ。貴介さん、と小さな声で吹き込むと、両肩を強く掴まれてシーツに縫いつけられる。 「き、すけさ……」 「困ったな。もっと酷くしてやりたい」  がっしりと太い腕に捕らえられ、思い切り腰を打ちつけられた。痛いくらいの大きな波はとてつもない快感に変わり、頭の中が白く霞んでいく。  気持ちいい。もう、なにも考えられないほどに。  目を開けると、苦しそうに顔を歪める貴介さんの姿。毎晩こうして抱かれるのだろうか。愛などないこの結婚が終わる、その日まで。 「わたし、なにか、怒らせるような、こと……あ、あ……きもち、い……っ」 「そう。茉以子はそうやって、ただ俺に抱かれて善がっていればいい」 「でも、酷くされるのは、」 「大丈夫。酷くしても、最高に()くしてあげるから。──かわいいよ、茉以子」  うっすらと汗が浮かんだ額、ほつれた髪の束、むせ返りそうなムスクに混じるタバコと汗の匂い。不意打ちで繰り出されたセリフに浸る間もなく、獣のようにただ高みに向かって絡み合う。  柔らかな声で名前を呼ばないで。酷いと言うのなら、うんと酷くして、優しさなんて見せないで。  その裏を、あなたの本心を覗き見たくなってしまう。この結婚は、わたしたちが交わした秘密の契約。そこに本音など、お互いの気持ちなど、介在することはない──。 「あなたが達くところを見たい。夫の俺には隠さず、すべて見せて」  左手の薬指が鈍く光る。結婚初夜──「好き」も「愛してる」も「一生の約束」も交わすことのない、情欲のみが燃える冷たい夜。  わたしの心の中を、あなたに知られることはきっとない。どうか、この想いを伝えなければならない日が来ませんように。秘密の中に秘めたまま、静かに終わりを迎えられますように。
/454ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12769人が本棚に入れています
本棚に追加