【番外編2】希望

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「茉以子、愛してる。妻でも母親でもないあなたを、あなたという人間自身を」  切ない声に心を鷲掴まれて喉の奥が熱くなる。途方もない塊のような「好き」をぶつけたくて、枯渇した喉を潤すかの如く唇を重ねた。 「貴介さん、貴介さん……だいすき」  「それだけ?」  「愛してる」  「どれくらい?」  「貴介さんを誘ったその女性の首を絞めたいくらい」  怖いね、と目を細めた貴介さんの首筋を指でなぞって、吐息ばかりが漏れる唇を近づけた。そして、美しいうなじを目がける。 「他の女性が誘う気なんて起きないくらい、思い切り齧ってあげます」  汗でべとついた首筋から、消えかけたムスクと雄々しい匂いがたちのぼる。そこに歯を立ててきゅっと吸い上げると、逞しい肩が小さく震えた。 「痛い、ですか?」 「全然。もっと目立つところに、思い切りどうぞ」  余裕の笑みが悔しくて、喉仏のすぐ近くに噛みついた。彼が低い呻き声を漏らして、「気が強いな、俺の奥さんは」と笑う。 「その代わり俺も、あなたは俺だけのものって刻みつけるよ。絃貴にも譲らない」 「それはちょっと」 「今夜だけだから許してよ」  深まるごとに甘くふやけていく夜だ。わたしたちの間には存在しない恋人時代を辿っているようで嬉しくて、少し切なくて──いまだけは妻も母も脱ぎ捨てて、ただひとりの女としてこの人を感じていたいと、心の底から思う。
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