とある教師の死

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 家が古いから妖しげな霊や妖怪が住み着いているのだろうと思った。自分の部屋に目玉の妖怪が現れると両親に話すと、「まあ、怖い。妖怪百目かしら? それとも、目玉オヤジ?」と応じながら母親の明心(めいしん)はコロコロ笑った。チベットの山奥で生まれた彼女は、そうした怪奇現象に慣れているのかもしれない。比呂彦も同じだった。輸入雑貨店を営む彼は世界中を旅していて、不思議な経験を沢山してきたと話し、実害がない限り霊や妖怪など放っておけばいいと言った。  確かに実害はなかった。が、寝姿や着替えを見られているかと思うと、気持ちの良いものではない。それを話すと「日本には八百万神(やおろずのかみ)がいる」と比呂彦が言った。 「あらゆる物が神であり精霊、霊魂を持っているということだ。今ここにあるテレビにも、あの人形や観葉植物にも魂があって私たちの話を聞いている。私たちは常に見られているのだから、そのつもりで生きていかなければならないのだ。わかるね」 「うーん、なんとなく」そう応じた。 「父さんも、いつも咲耶を見ているよ」  彼は優しく笑った。  両親に諭された日から、夜中に現れる眼や耳を父や母のものだと思うことにした。すると不気味に感じていたそれらにも親しみを覚え、ひと月もすると、その存在にすっかり慣れてしまった。  初めの頃は1組だった眼と耳も、いつの間にか数が増えた。仲間が集まっているのか、あるいは子供を産むように分裂しているのか知らないけれど、1年ほど前に見たときは、天井だけでは足りず、壁にまで、それがあった。今ならさらに増えているのだろう。まるでドット柄のように目玉と耳が壁や天井に並ぶ姿を想像すると可笑しくさえあった。
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