殯(もがり)の夜

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 川の中を歩くのは30分が限界だった。水の冷たさで足がヒリヒリしてくる。3人は流れから出て、川辺の巨石に座って脚を乾かした。 「立派な石だね」  雅は自分たちが上った巨石から川面を覗く。 「磐座(いわくら)みたいね」 「ツキ、磐座って、なぁに?」 「神様が降りてくる場所よ」 「へー、月子は何でも知っているのね。さすが優等生」  咲耶は感心した。 「歴史の本に出てくるのよ」 「ふーん」  雅が鼻を鳴らすように感心し、靴を履いて「帰ろう」と言った。  スマホを見ると、富貴の家を出てから1時間ほどが過ぎていた。それは情報機器としては役立たないが、時計とカメラとしては十分に機能していた。 「……だね。ギリギリだわ」  咲耶と月子も慌てて靴を履く。  家に帰ると白喪服姿の天具が迎えに来ていた。 「遅刻したら祟られるぞ。神像と守り刀を忘れるなよ」  そう急かされ、白喪服に着替えると、タオルでくるんだ神像と守り刀を懐に入れた。  履物は藁草履で、それも天具が用意していた。 「バイバイ」 「それじゃ、夕方にね」  雅と月子に見送られ、山上家に向かった。道は上り坂のうえに太陽に照らされていて、昨夜、石上家に向かう時のように楽ではなかった。儀式が半日も続くかと思うと気も重い。藁草履のゴワゴワした紐が肌にすれてヒリヒリする。  途中から、白喪服を着た人々が合流した。山上家に向かうのに違いない。そのたびに咲耶は緊張を覚えて懐の神像を押さえたが、彼らは咲耶をチラッとも見なかった。まるで昔からそこに住んでいる者のように、あるいは空気のように受け入れているようだった。
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