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「もし身体を起こすのがつらかったり、なにか困っていることがあれば言ってください。手を貸します。…まだなにも口にしたくなければ、そのまま横になっていても大丈夫ですよ」
──今すぐ起きて、出された物を飲め。
わたしのような奴隷には、そう、命じてしまえばいいはずなのに。
わたしを急かすことも、無理やりになにかをさせることもない、リヒトさまの声は。
ただただ、おだやかで、やさしくて……
いままで一度もかけられることのなかったそれに、どうすればいいか、わからなくなる。
「…………」
どうするべきか。本当に、あんなにきれいな水を飲んでも怒られないか。
困ってしまって、ちらり、椅子に戻ったリヒトさまを盗み見てみると、彼は先にカップに口をつけていた。
………たくさん、喉が渇いていたのかな。
カップが傾けられると、月色の目が、なんだかうれしそうに細められて。
カップが空になると、またお日さまの光でキラキラする入れものから、おかわりを注いでいく。
「………、お、…っと。……すみません、ここの林檎水は好物で、つい。少々はしたなかったですね」
やがて、わたしがじっと見ていることに気づいたらしいリヒトさまは、少し恥ずかしそうに視線を逃すと、カップを机に戻した。
そして、やっぱり何か考えるように、一度だけこっちを見て、椅子から立つと。
わたしいる場所の横を通って、あたたかな風が入る窓へと近づいていく。
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