Ⅱ あまい残り香

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 Ⅱ あまい残り香

ピチチチっ………。 あさいまどろみのむこう。 まぶたをすかす、やわらかなひかりのさきで、なにかのこえがする。 「……酷いものですね。歳の頃は十に達していればいいですが、異端児はそれぞれ成長速度が異なることがありますから、断言はできません」 「全身の殴打による打撲、右足の腱の切断。新しいものでは頭部の傷と頰の殴られた傷、翼も痛めていますし、下の一対に関しては根本に切り落とそうとしたような傷痕がある」 「栄養失調も深刻なようですし、回復には時間がかかりますよ」 「……そうだな。この数日は目を離さないほうがいいか」 まっすぐで、芯のある声なのに、どこかあまさのある、丁寧な言葉づかいの男のひとの声。 それから、それに答える、しずかで落ち着いた──いつか、夢のなかで聞いた声。 いつもなら。 知らない人の声なんて聞こえたら、こわくて、なにされるんだろう、痛いことかな、って頭のなかがぐるぐるして。 息が苦しくなって、体も勝手にふるえてきちゃうのに。 なんでか、この人たちの声を聞いても《怖い》という気持ちはあんまり浮かばなくて、 ただただ、はじめて感じる、やさしく髪を撫でる手のぬくもりが。 かるくてやわらかい、ふんわりした布のようなものの安心感が。 固く張り詰めていた心の糸をゆるめて、体からはくったり力が抜けていて、なかなかうごくことができない。 まぶたが重くて。 それ以上に、するり、するりとわたしの髪に指を倒す指が、胸がいたくなるほど、ここちよくて。 この目を開けた先にいる、2人が誰なのか。 確かめることが、その勇気が、まだ持てない。
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