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美貴
「初めて乗るわ…」
控えめなお嬢様タイプの美貴は、目の前に現れた列車に興味本位で乗り込んだ。
ホームと列車の間に少し段差があったので転びかけた美貴を、さりげなく支えて席までエスコートしてくれたのは初老の男性運転士だ。
渋くて男前な彼には、首元の細いチョーカーがまたよく似合っている。
座席の近くでは、小さな白猫が寝息を立てて丸まっていた。
「猫?」
「潮夏、お客様の御前じゃよ。あ、猫はお嫌いですかな?」
「むしろ好きです。あら、赤いリボンをしてる…運転士さんとお揃いですね」
美貴が笑いかけるのに安心したのか、彼も少しだけ頬を緩めると運転席に移動した。
まもなく発車した列車からは、一面広大な海の美しい景色が拝める。
「キレイね。とてもキレイ...」
美貴はキレイを連呼するが、その表情は優れない。
空いている窓からの潮風でなびく髪を、手で軽く押さえながら何か考え込んでいるようだ。
「ご婚約中でしょうか?」
「へ?」
声のする方を見ると、自分の横に先ほどの白猫が座っている。
「あなた…お話しができるの?」
「はい。お客様とのお話しは楽しいひと時でございます」
「…そうなの」
白猫の流ちょうな喋りに一瞬固まった美貴だが、やがて潮夏の頭を優しく撫でる。
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