輝きは赤で濁っていた

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 自慢の視力を持つ両目で木々の間をしっかり見渡しながら、急いで湖に向かう。  俺の真剣な様子に気を使ったのか、弟は暫く黙っていた。が、意を決したように不意に声をかけてきた。  その声はたどたどしくて、何故かおどおどしている。 「…ねえ、ずっと言おうと、思ってたんだけどさ……」 「なんだよ。口の悪さならば昔からのことなんだ、許してくれ」 「そ、そうじゃなくて、そろそろキミも、僕の話を、聞いてくれないとっ」 「あー、うるさいうるさい。迷子は大人しく俺の助けを待ってろ」  弟の声を遮るような大きな声で説教なら家で聞いてやると言うと、あいつの声は止まった。  暫くして"ううー……"という困ったようなうめき声が聞こえたが、無視を決め込む。  今頃説教する余裕のある状況ではないだろうに、どこまで呑気なやつなのだろう。  再びあいつへの苛立ちが俺の中に蘇っていた。 ────── ─── 「……?」  方位磁石を握りしめながら黙々と森を歩き始めて、どれくらい経ったのだろうか。  そろそろ湖についてもいい頃だというのに、未だに湖が視界に入る気配はない。  おかしい、この辺までくれば、あの水面のきれいな光の反射が見えるはずなのに。 「……あれ、俺も迷ったかも」 「ええ!?」  思わず口から漏れた言葉に、弟が不安そうな声を出している。 「湖って家の北の方角にあったよな?方位磁石が狂ったのか?」  あいつの静かな声が、不安そうに俺の名前を呼ぶ。  まずい、ここで俺が不安になったら駄目だ。兄である俺が、しっかりしなくては。 「ね、ねえ?」 「そう不安がるな、大丈夫だ。きっと通り過ぎてしまったんだ。ちょっと戻ってみるから、お前はそこから動くなよ」  きっとあいつは不安で体を震わしているのだろう、震えた声で俺の名前を呼んでいた。  動揺する弟を宥めて引き返そうとしていたとき、そばにあった木の幹に血痕が付いていることに気づく。  血痕の形を見たところ、人間の指の痕のようだ。さらに足元を見ると、野生動物が暴れた跡とも言えるようなでこぼことした地形となっている。  そういえば、と少し前の弟の発言を思い出す。  確か、クマに襲われたと言っていた。もしかしてこれは、あいつがクマに襲われた場所なのではないだろうか。  だとすれば、弟はこの近くにいる可能性が高い。  ようやく見つけた手がかりに気分が高揚して、思わず大きな声で"もう少し待っておけよ!"と言ったとき、弟の小さな声が、泣き叫ぶように裏返った声が、俺の耳の届いた。 「湖なら、そこに……目の前にあるじゃん」  何を言っているんだ、と聞き返す。俺の目の前にはやはり、森の中の景色しか広がっていないのである。  遠目で木々の奥を見ても、薄暗い森が続いてるだけだ。 「湖は光を反射するから、キラキラしてるだろ。そんなものは見えない」  目印となる光は、何も見えない。  どうしちゃったの、という泣きそうな弟の声が、近くから聞こえた気がしてとっさに振り向いた。
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