輝きは赤で濁っていた

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「もしかして、そこに居るのか?」  足元に気を配りながら弟を探してそこらじゅうを駆け回る。探しても探しても人の気配はしなくて、そしていつの間にかあいつの声が途絶えていた。 ───そういえば、どうやって俺は今まであいつと話していたのだろうか。 あいつの姿はどこにもないのに、なぜ俺は、さも当然かのようにあいつの声が聞こえていた?  そんな疑問が頭に掠めたが、すぐに振り払った。そんなこと、もうどうでもいい。  日が暮れて薄暗くなった森の中を無我夢中で弟を探し回る。きっと、近くにいるはずだという謎の確信があった。  ふと、視界ににキラキラ白い光が写って立ち止まる。そこには、俺と全く同じ顔を持つ───双子の片割れのあいつが、驚いた表情でこちらを見つめていた。 弟の顔が安堵して緩むのが見える。 やっと見つけた。 そう言って俺は、いや、俺達は お互いに笑い合いながら、手を伸ばした。 ────── 『ずっと一緒にいよう』 幼い頃からの約束。 ずっと忘れずに守ってきた、約束。 たとえ世界が滅んでも、世界で俺達しかいなくなっても、ずっと一緒に生きるんだ。  数十年前、地球は人間に溢れていた。しかしある日突然降ってきた巨大隕石により、地球の様子はがらりと変わった。  川は干上がって、海の水位は上がって、森の数は減って、次第に大陸が狭まって次々と島々が出来ては消えていった。  そしてついに人間が住むことができるのは、俺たちが今いるこの島含めて一部の陸地しかなくなったのだ。  人間の数は少しずつ、そして着実に減っていった。  俺たちの両親はとうの昔に亡くなって、今では片割れと森の中でふたりきりの生活を送っているのだ。  滅亡していく地球を眺めながら未来への不安に俺達は震えながら、寄り添ってきた。そして幼い頃の約束を思い出してはお互いの絆を確かめていた。 『ずっと一緒に生きよう』  何人の死に行く様を見届けただろうか。何度見ても見慣れないそれを、俺はもう二度と見たくなかった。  だから俺は、あの鈍臭い弟のためにこんなにも駆けずり回っているんだ。  そしてようやく、ようやくあいつを見つけることができた。 ──────  弟に手を伸ばした時。目の前が一瞬真っ白になったかと思うと、ドボンという水の音と共に冷たい湖の水に体中が包まれる。息苦しくて、それでもあいつを探すために無理矢理目を開いて、水中を見渡した。しばらく彷徨っていると、なにかの塊が底で蹲っているのが見えた。 そこには、水底には、色とりどりの木のみを細い両腕で抱えたまま静かに眠る、片割れがいた。 「僕はもう既に死んでるんだ、って……最後まで、キミに伝えられなかったなあ」  僕はここにいるから、と再び聞こえ始めた弟の声が俺に囁いた。この声は、亡霊の声なのか。いやそれとも、俺の頭がおかしくなって幻聴を聞いてしまっているのだろうか。  いや、もうどちらでもいい。その声が、その穏やかな声が俺の心の支えとなってくれるのだ。だから、喋りつつけてくれないか。 「───僕も君の支えになれたかな……」 ───一人は足を滑らせて、もう一人は水面に写った片割れに手を伸ばして、湖に沈んでいった。 人類が完全に滅亡する日は、近いらしい。
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