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あの後孝之君は、少し早めの誕生日プレゼントだと。あのピンキーリングを買ってくれた。
彼の前で指に通して、嬉しいと笑う。
彼からの初めてのプレゼント。泣きたくなるくらい嬉しいはずのそれに、苦いものが込み上げて喉を焼く。そんな状態でも、嬉しいなんて口にしてしまう私は、酷く滑稽だろう。
私の小指で輝くそれは、夕日を含んで汚く歪んで見えた。
「じゃあまた明日、学校で」
「……うん。今日はありがとう。すごく楽しかった」
「俺もだよ」
振り返ってくれる事を期待して、彼の姿が見えなくなるまで手を振る。一度として振り返らなかった彼の背中が見えなくなっても、私は暫くその場を動けなかった。
「……帰ろ」
もう笑みを取り繕う事すら億劫で。視線を地面に固定しながら歩く。
昨日まで、初デートの後は幸せの余韻に浸っているものだと信じて疑わなかったのに。いや、今朝までは確かにそう思っていたはずだ。それなのに今は、デートが終わった事にほっとしている。
『かなちゃん』
孝之君の、大事だと言わんばかりの声が脳裏に響いた気がして、慌てて振り払う。
違うのだ。孝之君の呼ぶ『かなちゃん』は、私じゃない。
考えれば考える程重くなる身体を引きずって、遠く感じる家までの道を歩いた。
やっとの思いで帰宅して、そのままお風呂に直行する。可愛い服を脱ぎ捨てて、クレンジングで化粧を落として。頭から水を被った。
水を浴びながら温度を調節して、お湯が出てくるのを待つ。その間にも身体は冷えていくけれど、表面よりももっと。身体の内側の方がよっぽど冷えていた。
全部洗って流してしまえば、あっさりと私の変身は解ける。曇った鏡に映る私の見飽きた顔は、あの子とは似ても似つかなかった。
どれだけ化粧で誤魔化しても。服やアクセサリーで飾り付けても。私は私のまま。シンデレラみたいに一時的な夢すら見せて貰えない。
ぐしゃりと鏡の私が歪む。
あぁ、どうして。
なんて。悲劇のヒロインじみた嘆きを口にした所で、現実は変わらない。
そもそもこうなる事くらい、最初から分かっていたじゃないか。……不毛な恋だと分かっていて、それでも彼の傍に居たいと。そう願ってしまった私が悪い。
ぼたぼたと顎から伝うものは、きっと。熱いお湯だけではなかった。
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